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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
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外伝 土王アレクサンドラ 第8話

アウストリアが聖地バリナに行ってから二十年近い時が流れた。


あれ以来、アウストリアがこの孤児院に帰ってくることはなかった。


それでもたまにではあるが、聖地の状況を知らせる手紙を送ってきてくれることがあった。手紙はいつも「特に問題なし」と書かれた簡潔なものだった。


その証拠にアウストリアが聖地の責任者となってから、マルメトとの関係も、シデクス教が負担を強いられることなく改善されていた。


「……便りがないのは元気な証拠とは言うけど、もっと仕事のことだけじゃなくてアウストリア自身のことも書いてほしいな」


私はアウストリアからの手紙を読み返しながら、不満な気持ちをつぶやいた。


(一度顔を見に行きたいけど、アウストリアも忙しいだろうし……そういう私も予定がいっぱいで、時間がないよ……)


私自身、アウストリアがいなくなってからは孤児院の経営と子どもたちの世話で手一杯で、日々追われていた。


そして、これから数日は戦災にあった地域の訪問予定がしばらく続くことになっていた。


最近では昔に比べ、小規模な戦争だけでなく、盗賊などによる村の襲撃も減少していた。


それでもやはり争いがゼロというわけではなく、被害のあった地域の支援と復興の手伝いをするため、そこへ向かうことを考えていた。


(今は私のできることに集中しよ!)


私は自分の頬を軽く二回叩き、出発の準備をし始めた。


……


「ここって本当に戦いがあった場所なの?」


現地に着いた私は、予想外の光景に驚きの声を上げてしまった。


「ええ、被害は軽微なもので、建物が何軒か燃え、怪我人も数名いますが、死亡者はゼロです」


この村の村長が穏やかな表情で私に答えた。


信じられないものだった。今まで戦争被害にあった地域は、見るに堪えない凄惨な光景が辺り一面に広がっているのが当たり前だった。だが、目の前にある村はボヤのようなもので家が数軒燃えた跡があること以外、平和そのものだった。


「……ええと、ここで戦いがあったんだよね?なんでこんなに被害がないの?」


被害がないのは喜ばしいことにもかかわらず、私は頭の中に広がる混乱を抑えられないまま、村長に尋ねた。


「またまた、アレクサンドラ様も人が悪い!”教会軍”のお陰ですよ!ご存知なのでしょう?アウストリア様が設立された、あの軍隊ですよ!」


村長は嬉しそうな表情で答えた。


「……え?教会軍?」


村長が口にした“教会軍”という言葉、私には何のことだか見当もつかなかった。


「ええ、彼らが各地の治安維持を行っているんです。おかげで村同士の小競り合いもなくなり、盗賊どもも淘汰された。いやあ、アウストリア様と教会の兵の皆さまには足を向けて寝られませんな」


村長はそう答えると、「ははは」と笑いながら誇らしげに村を見渡した。


(……なにそれ、意味わかんない。どうしてアウストリアが教会軍なんて作るの?)


村長はまだ何かを話してくれていたようだったが、途中から私の頭には何も入ってこなかった。


(なんで何も話してくれなかったの、アウストリア……)


……


その後も村長によって私は村を案内された。


最初はアウストリアの作った教会軍の存在に動揺していたが、次第に村の状況を見て、私は考えを変え始めていた。


(……被害がないどころか、支援も復興も行き届いている)


村には武装した兵士のような人間が何人もいたが、彼らは食糧を配ることや壊れた建物の修繕も行っていた。


(……昔、私も森を守るために戦ったことがあった。アウストリアも同じことをしているんだ)


平和を訴えるだけでは、平和は守れない。守るための力が必要だった。


アウストリアもかつての私のように決断し、守る力を作ったのだと思った。


(あの子、そんなことまで考えて……本当は私が考えないといけないことだったのに)


私は自分の考えの足らなさに落ち込むような気持ちになった。


「……ん?なんだろ、この匂い?」


突然、鼻にツンとくるような刺激臭を感じた。


(……こっちから匂ってくる気がする)


私は歩みを速め、匂いの元へと向かった。


「ああ、そっちには行かない方が……」


村長は焦ったような声で私を止めたが、それを無視し、先を急いだ。


(……あの建物の裏だ)


気が付けば、村の外れまで来ていた。しかし、匂いは強くなる一方だった。


私は建物の裏に回った。


「……!」


その光景に私は思わず、両手で口を押さえた。


そこには無数の死体が転がっていた。


死体は何度も串刺しにされたような形跡があり、中には明らかに苦しめられて殺されたと見られる死体もあった。


「だから行かない方がいいって言いましたのに」


遅れて現れた村長がため息をつきながら言った。


「なに……これ?」


突然のことに理解が追い付かず、頭の中が真っ白になった。


「村を襲ってきた隣村の連中ですよ。あいつら異教徒で、シデクス教を信仰するこの村をいつも敵視していました。以前からしょっちゅう、この村にちょっかいを掛けてくる奴らでしたが、数日前ついに行動を起こしましてね」


村長は観念したかのように話を始めた。


「ただその前に私が聖地バリナに連絡を入れておきましたので、奴らがやってくる前に教会軍がこの村の守りを固めてくれました。おかげで村に大きな被害がなかったんですよ」


「……彼らがここを襲ったのは数日前でしょ?どうして遺体がそのままなの?」


「この近くに、この辺りのどの村も使う大きな道があるんですよ。そこに今日の朝まで死体を晒しておいたのです。……まあ”見せしめ”というやつですな。これでこの村を襲うような奴らはいなくなるでしょう」


村長は自身の言葉に頷きながら答えた。


(なにを言っているの、この人は?これが異常なことだってわかってないの?)


村長の顔からは、少しも罪の意識のようなものは感じられなかった。むしろ、正しいことをしたとでも言いたげである誇らしげな顔に見えた。


「おい、教会軍が帰ってきたぞ!」


遠くから村人の大きな声が聞こえた。それと同時に村中が歓声で湧いた。


(……なんだろう?)


私が声のする方に行くと、数十人もの兵士たちが列を作って、村の通りを歩いていた。


「ありがとう!教会軍、助かったよ!」


「よく無事で帰ってきた!教会軍は村の英雄だ!」


兵士たちを見た村人たちは涙を流しながら彼らを讃えていた。


(いったい彼らは何を……!)


兵士たちをよく見ると、返り血のようなものを浴びていることに気が付いた。


同時に彼らが誰と戦ってきたのか想像できてしまった。


「……ねえ、あの兵士たちは誰と戦ったの?」


それでも私はあえて村長に尋ねた。


「それはもちろん隣村の住民ですよ。彼らは異教徒ですし、生かしておけば、この先、いつ報復されるかわかったものじゃありませんから。……ふう、これで憂いもなくなったというわけです」


村長は私に淡々と答えると、そのまま教会軍に向かって嬉しそうに手を振っていた。


「……」


そんな村長を置いて私は歩き始めた。別にどこに行くというわけでもなかった。


そしてしばらく歩いたところで、私は崩れるようにその場にうずくまった。


(……なんで、なんでなの!アウストリア!)


兵士への歓声が村に溢れる中、私は人知れず大声で泣いた。

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