外伝 土王アレクサンドラ 第7話
「……以上が南地区の状況です。信徒の数も前年より二割ほど増加し、寄付金も多く集まっております」
私は院長室で目の前にいる青年から報告を受けていた。
「……サーシャ様、聞いています?何か質問があれば遠慮なく言ってほしいのですが」
青年は不満そうな顔で私を見ながら尋ねた。
青年はアウストリアだった。アウストリアと出会ってから十年以上の月日が経過し、人族である彼は、年齢も見た目も、すでに立派な大人になっていた。
「ちゃんと聞いてるよ!ただ……あはは、ちょっと話が凄すぎて、私にはついていけなかったというか……」
私はアウストリアから目を逸らしながら答えた。
「はあ……私はあなたでも理解できるように簡単な言葉で説明したつもりですが。まったく、これでわからないなら、サーシャ様用に新たな言語を生み出さないといけないですね」
アウストリアは呆れるようにため息をつきながら言った。
「はは……ごめん」
私はアウストリアの毒のある言葉に少しへこみながら、小さな声で謝罪した。
アウストリアは優秀だった。シデクス教の教義を理解するだけでなく、この世界の歴史、様々な国の政治、経済など、あらゆる分野に精通していた。
そしてその知識を生かし、今では大規模になったシデクス教の組織を運営する立場にもなっていた。
(まあ、運営については私がどうしたらいいのかお手上げで、アウストリアが代わりにやってくれているっていうのが実情だけど……)
「ともかく、サーシャ様が望まなくても、あなたがシデクス教の最高責任者であることは間違いないのです。少しは組織について興味を持たれてはいかがですか?だいたいあなたは……」
アウストリアは腕を組みながら私に向かってガミガミと説教し始めた。こうなれば、簡単に解放してくれないことを私は知っていた。
(しかし、あの小さかったアウストリアがねえ……)
子どもの頃のアウストリアを思い出しながら、私はしみじみと思った。
「……サーシャ様?私が一生懸命話している時に、なぜ人の顔を見てニヤニヤとしているのでしょうか?」
考えていたことが顔に出ていたのか、アウストリアは私を不審そうに見ながら尋ねた。
「アウストリアが立派に成長して嬉しいなって思って。出会った頃のアウストリアは、私の背の半分くらいだったのになあ」
私はうんうんと頷きながら答えた。
「……そうやってあなたはいつも私を”子ども扱い”して。まあ、あなたはいつまで経っても見た目も中身も成長しないですけどね」
アウストリアは複雑そうな表情を浮かべながら、私から目を背けて言った。
「……ちょっと、それひどくない!私だってちゃんと成長しているんだから!」
アウストリアの言葉に私はカッとなりながら反論した。
その後は言い合うような口喧嘩になっていった。しかし、こうしてアウストリアと喧嘩をすることは不思議と嫌ではなく、むしろ心の奥底では楽しいと感じていた。
ずっとアウストリアとの今のような関係が続いていくと私は思っていた。
……
月日がさらに流れ、ある日のことだった。
「“聖地バリナ”でそんなことが……」
私は目の前にいる神父からの話を聞き、驚きを隠すことなくつぶやいた。
「はい、マルメト議会の決定で、聖地に続く道に関所を設け、”通行税”を徴収し始めたのです。他にも私たちに対し、”宗教税”なるものを払えと言ってきておりまして……もう私たちはどうしたらいいものか」
神父は沈痛な面持ちで言った。
彼には聖地バリナにある神殿の管理を任せていた。以前までは、聖地は年に一回程度、遠方の知り合いと会い、近況を知るための場であっただけで、そこまでの重要な意味を持っていなかった。
しかし、最近の信徒増加に伴い、聖地にも巡礼者が溢れ、賑やかになった。ただそれは喜ばしいというだけでなく、様々な問題を生み出していた。
(その中で最も大きな問題は、巡礼者が増えたことでマルメトの治安が悪化したこと。そしてその負担を私たちに負わせようとするマルメト議会の気持ちもわかるけど……)
私は目を閉じ、この問題をどのように解決するか思案した。
マルメトの言い分だけ聞けば、巡礼者の負担が増え、シデクス教の寄付金にまで税金が掛けられるということになる。そして、こういった話は一度限りとも思えなかった。
(だけど、それを突っぱねて、マルメトと揉めるようなことにでもなったりしたら……)
シデクス教が大きくなるにつれ、その影響力に危機感を覚え、攻撃を仕掛けてくる国や都市は今までにいくつもあった。
対応を誤れば、シデクス教がきっかけで戦争が始まってしまう。それだけは避けなくてはならなかった。
(シデクス教の教義に詳しいだけじゃなくて、政治的問題に対応できて、私なしでも正しい判断ができる人間を聖地に送らないと……)
私の中に、ある人物の顔が浮かんだ。
「わかった。必ず私たち、マルメト双方にとって良い解決方法を提示できる人を送る。それまで大変かもしれないけど、何とか踏ん張って」
私が神父に答えると、彼は深く頭を下げ、その後、部屋から出ていった。
……
夜、私はアウストリアを院長室に呼び出した。彼は部屋に入ると同時に、私に軽く頭を下げた。
「お呼びでしょうか、サーシャ様」
「……単刀直入に言うね。アウストリア、あなたには聖地バリナに行ってもらいたいの。そこで責任者として聖地を守ってほしい」
私は真剣な表情でアウストリアを見て言った。
「……マルメトの件ですね」
アウストリアは私の言葉に一瞬だけ驚いた表情を作ったが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「うん、他に頼めそうな人がいないの。とても大変なことをお願いしてるってことくらい私にだってわかる。だけどお願い、アウストリア。信徒たちのためにも力になってあげてほしい。あなたにしかできないことなの」
私は話すとともに頭を下げた。
「……」
アウストリアからすぐに返事は返ってこなかった。それでも私は頭を下げ続けた。
「……まったく、なに簡単に頭を下げているんですか」
アウストリアのいつもの嫌みっぽい言葉に、私はポカンとしながら顔を上げた。
「あなたはシデクス教の最高責任者なのですから、私程度の人間相手であれば、『行け!』の一言でいいんです。本当にあなたは組織というものがわかっていない」
アウストリアはいつもの調子で説教を始めたが、すぐに自身の髪をクシャクシャと掻き、そのまま言葉を続けた。
「……行きますよ。私も私自身でなければ、聖地の問題は解決できないと考えていましたから」
アウストリアは「ふんっ」と鼻息を鳴らしながら、つまらなそうに言った。
「本当にいいの?」
あっさりとアウストリアから了承されると思っていなかった私は、その言葉が信じられずに再度尋ねた。
「当たり前です。私はシデクス教に全てを捧げるつもりで生きていますから。……そしてあなたにも」
アウストリアは私に視線を合わせることなく答えた。
「うん?ごめん、最後の言葉ってどういう……?」
「なんでもありません!とにかく、話はわかりました。では準備があるので、これで失礼します!」
アウストリアは私の言葉を待つことなく、そのまま部屋を出ていった。
(……そっかあ、アウストリアここから出ていっちゃうんだ)
一人になった院長室で、私はふとそんなことを考えながら、心にぽっかり穴が開いたような感覚を覚えた。
(自分でお願いしておいて、なんでこんなことを思うんだろう?断ってほしかったのかな?)
私は自分の本当の思いがよくわからなかった。
この孤児院で育った子どもたちはいずれ大人になり、ここを離れていく。しかし、アウストリアはシデクス教の仕事を手伝ってくれていたので、私はずっと一緒にいるものだと思っていた。
(……きっと寂しいんだろうな、私)
アウストリアは私にとって自分の子どものような存在だった。
そんな子どもが自分の助けもなく一人で生きていく。きっと巣立っていった子どもを見送る親の気持ちと似たものなのだと私は思った。
(……あ、そういえば)
アウストリアに伝えなければならない最も大切なことを言い忘れていた。
(神殿の中に獣人の森に通じるトンネルがあることを伝えておかないと!)
大昔に森の仲間と作ったトンネルの存在を完全に失念していた。聖地の責任者となるアウストリアは必ず知っておかないといけないことだった。
(……まあいいか、明日伝えよう)
私はそう考え、その日にアウストリアに伝えることを諦めた。
しかし、翌日の朝、アウストリアはもう孤児院には居なかった。
すでにアウストリアは聖地に旅立っていた。




