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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
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外伝 土王アレクサンドラ 第4話

アウストリアがこの孤児院に来てから一週間が経とうとしていた。


彼は意外にも大人しくしていて、他の子どもたちに暴力を振るうようなことはしなかった。だけど……


「わあああん!アレクサンドラ様!」


一人の小さな女の子が泣きながら私に飛びついてきた。


「もう、どうしたの、ロズリーヌ?また泣いて。どこか痛いの?」


一向に泣き止まないロズリーヌの背中を優しくさすりながら私は尋ねた。


ロズリーヌは私と同じエルフ族の子どもだった。両親を早くに失ってしまい、森ではなく、この孤児院で面倒を見ていた。


人見知りする子で、なかなか自分の意見を言えない大人しい子だったが、なぜだか”男の子”と喧嘩になってしまうことが多かった。そして、その男の子たちに泣かされては、今のように泣きながら私の胸に飛び込んでくるのが日常だった。


(でも喧嘩っていうより、ロズリーヌに気のある男の子たちが一方的にちょっかいだすだけなんだけどね……)


ロズリーヌにいっさい非はないのだが、何となく、異性とのトラブルを呼び込んでしまう性質を彼女は持っているじゃないかって気がした。


(大人になって変な男に引っかからないといいけど……)


ロズリーヌの将来を心配しながら、大声で泣き続ける目の前の少女をあやし続けた。


……


「……ぐす……ぐす」


三十分程して、ようやくロズリーヌに落ち着きが見え始めた。


「大丈夫、ロズリーヌ?いったい、なにがあったの?」


私は妙な疲労を感じながらも、それを表に出さないようにして笑顔で尋ねた。


「うん……あのね、アウストリアとお話しようとしたら……『うるさい!』って……うぅ……」


理由を話し始めたロズリーヌはまた涙が溢れてきたためか、顔をクシャッと歪ませた。


「ああ、よしよし。大丈夫、大丈夫だからね!……はあ、アウストリアかあ」


私は慌てながら再びロズリーヌの背中を撫で始めた。同時に、新たな問題に向き合わなければならないことに気が付いた。


アウストリアは他の子どもたちと喧嘩をすることはなかったが、誰かと話し、仲良くすることもなかった。


ただ一人で静かに座り、どこかを見ながら何かを考えていることが多かった。他の子どもが話しかけても怒鳴り返すため、次第に誰も声を掛けなくなっていった。


(……ずっとこのままってわけにはいかないよね)


憂鬱な思いを感じながらも、ロズリーヌが落ち着いてから、私はアウストリアの元へ向かった。


……


アウストリアは座ったまま、空を見上げていた。


「アウストリア、話があるんだけど、ちょっといい?」


アウストリアに近づき、屈みながら私は尋ねた。


「……話しかけんな。お前と話す気はない」


私の方を見ることもなくアウストリアは冷たく言った。


(はあ、困ったな)


取り付く島もなかった。


聞いたところによれば、アウストリアのいた村は人族だけが住むところだったらしい。そのため、亜人族が住む近隣の村と揉めることが多く、ついに武力衝突に至り、両親はそこでの戦闘に巻き込まれて亡くなったとのことだった。


そのため、アウストリアからすれば私を含めた亜人族は両親の敵であった。きっと亜人族ばかりのこの場所に馴染みたくないのかもしれない。


「そんなこと言わずにさ、一緒にここに住んでいるんだからもっと仲良くしようよ」


それでも私はめげずにアウストリアに言った。彼を孤立させることなんて絶対にしたくなかった。


「……ふん、お前”土王アレクサンドラ”なんだろ?人族の天敵、魔王四天王の一人……そんな奴と仲良くするもんか!」


アウストリアは強い口調でそう言うと、私に背を向けてしまった。


思わぬ言葉に私は何も言い返せなかった。


アウストリアの言ったことはきっと亜人族を憎む人族の言葉なのかもしれない。


私自身、世界の平和のために今まで生きてきたつもりだ。だが過去には、人族の国に森が襲われたことやシデクス教の信徒が殺されそうになった時もあった。


そんな時、私は相手を殺さないように注意しつつ戦ってきたが、少なからず相手を傷つけてしまうこともあった。


戦いなんて大嫌いだった。だがそれ以上に仲間の命を守ることの方が私にとって大切だった。


しかし、人族からしたらそんなことは関係ないのかもしれない。きっと私が”土王アレクサンドラ”として戦ったことで、ずっとその憎しみを忘れられない人もいるのだろう。


「……だいたい、何だよ”アレクサンドラ”って。長いし偉そうだ。俺は気に入らない」


アウストリアは背を向けたまま小さな声で言った。


(……名前か)


アウストリアの言葉を聞きながら、私は父が生きていた頃のことを思い出していた。


(幼い私を、お父さんは“アレクサンドラ”ではなく、確か……)


「……”サーシャ”」


私がつぶやくとアウストリアは振り向いた。


「確かにアウストリアの言うとおり、仲間を守るためとはいえ、あなたたちの仲間を傷つけてきたことは事実。それはどんなに謝ったって許されないことだと思う」


心の中でずっと感じていた思いを私は打ち明けた。そんな私の話に、アウストリアは静かに耳を傾けていた。


「でも、ここであなたとお話しして、仲良くなりたいって思っているのは土王アレクサンドラじゃない。エルフ族の一人の女の子、”サーシャ”なの。それじゃダメかな?」


過去の責任から逃れようとするつもりなんてまったくなかった。でも、ここでは土王アレクサンドラではなく、一人の人間”サーシャ”としてアウストリアに接したいと思った。


「……」


アウストリアは何も答えなかった。そして、突然立ち上がり、走って私から離れていった。


そのままどこかに行ってしまうのかと思ったが、アウストリアは急に立ち止まり、私の方へ振り向いた。


「何が”女の子”だ!そんな歳じゃないくせに、バーカ!」


アウストリアは叫ぶように私に言うと、背を向け、走り去っていった。


一瞬何を言われたのかわからなかった私は、ポカンとその場に立ち尽くしていたが、次第に怒りの感情のようなものが湧き立ってきた。


「こら!!アウストリア!!それってどういう意味よ!!」


すでに姿が見えなくなってしまったアウストリアを全力で私は追いかけた。


アウストリアとの距離を縮められたという自信は私にはなかった。しかし翌日からなぜか、彼は私や他の子どもたちと、最低限ではあるが会話をするという変化を見せ始めた。


そしてアウストリアがこの孤児院に馴染んでいくのと同時に、”サーシャ”という呼び名がいつの間にか周りに広まっていた。


その頃からだと思う。私は”アレクサンドラ”ではなく、”サーシャ”と呼ばれることが当たり前になった。

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