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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第一章
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第12話

「それじゃあ質問だけど、何で城に入るだけでこんなにコソコソしないといけないの?もしかして勇者を快く思わない人がいたりするの?」


「それはまずありえない。そもそも勇者という存在自体、ほとんどの人は知らないはずだからね。知らないものを嫌いようがないさ。」


ヴィクターは首を横に振りながら答えたが、俺にはやっぱりピンと来なかった。人々に知られていない勇者という存在をヴィクターが知っていることも謎だし、そもそも知られていないなら見つからないように城に入る必要だってないはずだ。


「まあ俺自身も勇者って何なのかよく分かっていないんだけど、ヴィクターはどうやって俺が勇者だって分かったの?」


「それを説明する前に、この世界の歴史について話しておく必要があるね。少し長くなるけど大切なことだからしっかり聞いてほしい。」


ヴィクターはそう前置きをすると、静かにこの世界の成り立ちについて語り始めた。


ヴィクターたちが住むこの世界はグレンデルという名前であり、ヴィクターが話しながら見せてくれた地図を見たところ、オーストラリア大陸のような形をした大地だった。


グレンデルは光の神と呼ばれる神と、火の神、水の神、土の神、風の神と呼ばれる神々によって創られた。神々は大地や海だけでなく、人や獣、植物といったあらゆるもの全てを創った。特に人は光の神から愛されていたため、特別に知恵を与えられ、その知恵によって人は繁栄してきたということだった。


このような話は俺の世界にもあるもので、特別珍しいものではない。ヴィクターはこの神については、光の神が親で他の神が子どもであるとか、もしくは友人、さらには光の神と他の神は同一の存在であるなど様々な説が存在するといった注釈をつけてくれたが、大まかな流れは一緒だそうだ。


「その歴史だけ聞くと、光の神がすごいってことは分かるけど、今の状況とどういった関係があるの?」


「まあ慌てずに聞いててくれ。次の話をしよう。」


ヴィクターは俺の質問に答えず、話を続けた。


ヴィクターは次に、この世界の宗教について話をした。先ほどの歴史の話は何千年も前の話で、当然ながら文献も何も残っていないということだ。ではなぜこのような歴史が今の時代まで残っているのかというと、ある伝道師によってこの歴史が人々に伝えられたためだ。


古代の人は狩猟をしたり農業を行ったりと、俺の世界の昔の時代と変わらない生活をしていた。当然ながら光の神なんて存在も知らなかったが、当時シデクスという伝道師が光の神が世界を創ったという話を広めたことで、人々に神という概念が広がり、誰もが光の神を崇めるようになった。そして次第に光の神への信仰は伝道師の名からシデクス教と呼ばれるようになり、その信仰は現代まで続いているとのことだ。


「なるほど、それじゃあこの世界ではシデクス教という宗教が信仰されていて、ヴィクターやこの国の人たちもその宗教を信仰してるってことだよね?」


「ああ、そうなんだが、我が国の信仰は元のシデクス教とはまた違うんだ。」


ヴィクターはさらに話を続けた。


シデクス教はこの世界の人々から厚く信仰されてきたが、ある時転機が訪れた。今から300年ぐらい前にアウストリアという宗教学者が一つの説を唱えた。その説を簡単に説明すると、「光の神によって創られた人とは人族のみであり、寵愛を受けたのも人族だけである。他の種族は魔物から変化したものだ。」というものだった。


「ちょっと待って、人族?あと他の種族っていうのは?」


当然のことのように話すヴィクターを遮り、俺は質問した。


「うん?人族っていうのは僕たちのような姿をした人のことだ。他の種族っていうのは獣人族や魔人族などのことだね。僕たちは彼らのことを亜人族とも呼ぶが、タケルの世界にはいないのかい?」


「俺の世界にも人種の違いみたいなのはあるけど、姿形が違う種族はいないよ。」


「そうなのか。こっちからするとその方が違和感があるね。この世界では人と呼ばれる様々な種族がいるんだ。まあ、その話はまた後でするとして、今は話を続けよう。」


アウストリアの説は瞬く間に人族に広まり、その説を支持する人々はアウストリア派と呼ばれるようになった。しかし、そうなると問題は人族とそれ以外の種族、亜人族との関係である。元々人族と亜人族の関係は良いものではなかったが、アウストリア派の台頭によって種族間の亀裂は決定的となり、ついには戦争が始まった。


戦争は長期にわたり、停戦協定が結ばれた約100年前まで争いが続いた。近年は情勢は落ち着いてきてはいるが今でも小規模な小競り合いはあるらしく一触即発な状況とのことだ。


「簡単に説明したけど、この世界の歴史と宗教は理解できたかな?我が国カーレイドは人族を中心とした国家であるから、当然ながらアウストリア派シデクス教を信仰している。」


ヴィクターは俺の目を見ながら聞いてきたので、軽くうなずいて見せた。宗教間の争いは俺の世界でもある話だし、理解できない話ではない。獣人や魔人といった種族がどのような人たちなのか想像はつかないが、そのうち会ってみたいなという興味が大きくなった。


「今の話を踏まえたうえで、タケルの質問に答えていこうと思う。」


ヴィクターは少し暗い面持ちで話し始めた。戦争が終結した頃、当時のアウストリア派の教会にとあるシスターがいた。そのシスターはある日、自分の中に眠る予言の力に目覚め、様々な出来事を的中させるようになった。その力によってアウストリア派はより巨大になった。そのシスターが最後にした予言、それが勇者がこの世界に現れ魔王を倒すといった内容であった。


「この予言は勇者の人物像や現れる場所、時間を細かく示していてね、だから僕はタケルのことをあの森で見つけることができたのさ。」


なるほど、ヴィクターがタイミング良く俺の目の前に現れたことの理由が分かった。この予言が無ければ、俺は森から出ることなく、人知れず死んでいたであろう。


「予言で俺が現れることが分かっていたのなら、この国の人たちはみんな俺が勇者だってことも知っているんじゃないの?」


「・・・ここからの話は王家の中でも限られたものしか知らない話だ。だから絶対に他言無用で頼む。いいね?」


ヴィクターのいつにもない真剣な表情に俺は緊張しながら無言で頷いた。


「当時予言を行っていたシスターは、自身の予言を自分たちの利益のためだけに使う教会に不満を持っていたらしい。そのため予言をしても亜人族への迫害に繋がるようなものはあえて伝えなかったそうだ。恐らくシスターはアウストリア派の教会所属ながらも信仰は原典派に近かったのかもしれないな。」


「原典派?」


「原典派というのは、最初に話した元のシデクス教の考え方を支持する宗派のことさ。人族以外の種族はほとんどこの宗派だよ。」


ヴィクターは俺の質問に答えるとそのまま話を戻した。


「そんなシスターが若くして不治の病にかかり、余命僅かとなった頃、最後の予言をした。それが勇者の出現を示すものだった。勇者が魔王を倒す、人族にとってとても重要な予言だ。教会は信用できないが、今回ばかりは自分の胸の中にしまっておくわけにはいかない、とシスターは考えた末、当時の王にのみ予言を伝えたそうだ。」


「つまりこの国のほとんどの人は予言を知らないってことなんだね?」


「そう言うことになる。僕も信頼できる一部の者以外には話していないしね。だからタケルの正体は隠さないといけないし、教会には絶対に知られてはいけないんだ。」


「でも教会は勇者のことなんて知らないんだろ?」


「そうとも言い切れないんだ。あくまで王にのみ話したというのはシスターの言い分だ。実際は教会の誰かに予言を伝えてしまったかもしれない。僕はその可能性を考え、確実にタケルの事は隠したいと思い、目立たないように入城したのさ。」


ヴィクターの話は理解することができたが、なんだか納得いかないところもある。確かにアウストリア派の教会は胡散臭いところであるが、魔王を倒すという大きな目的のためなら、協力してもらった方が結果として良いような気がする。


「うーん、話は理解できたけど、なんだかモヤッとするなあ。」


「・・・そうか、タケルはまだ魔王の正体を知らなかったな。これを知らないとなぜ教会に話せないのか理解できるわけがないか。」


魔王の正体・・・言われてみれば、魔王とは一体どんな存在なのか考えもしなかった。なんとなく巨大な蛇や恐竜のような人々から恐れられる凶悪なモンスターを想像してしまう。


「魔王はね、この大陸の一番東側に拠点を持つ竜族、ドラゴンなんだ。先の戦争の後、先代の魔王が亡くなり、後を継いだのが今の魔王だ。まだ若いが、それでもその力は先代に劣らず強力なものだと言われている。タケルが戦うのはそのドラゴンさ。まあドラゴンって言っても、普段は人と同じ姿をしているらしいけどね。」


「えっと、まだ話が読めない。なんでドラゴンと戦うことを教会に知られてはいけないの?」


「アウストリア派の考えを思い出してほしい。その考えは光の神によって創られたのは人族だけであり、他の種族は魔物が変化した姿だというものだ。それは魔王も例外ではない。人族以外の種族、つまり亜人族が魔物だとすれば、その中で一番力を持つ魔王は亜人族の王であり魔物の王、つまり人族の天敵ということになる。少なくとも教会はそう信じている。」


ヴィクターの話から、なぜ俺が勇者であることを隠さなければならないのかなんとなく察しがついてきたが、俺は何も言わず、ヴィクターの話の続きを待った。


「もしここでタケルという勇者の存在を公にしたとしよう。この国の民は大いに喜び、教会も全力で支援してくれるはずさ。しかし、問題はここからだ。この国にも亜人族が少なからずいる。勇者を得た人族は自分たちに正義があると言わんばかりに彼らを迫害し始めるだろう。それだけでは済まないかもしれない。もっと恐ろしいことをする可能性だってある。」


「そしてその流れは、辛うじて均衡を保っているこの世界を崩壊させる。恐らく人族と亜人族が再び戦争を始めることになるだろう。とてもじゃないが、魔王を倒すどころじゃなくなってしまう。全員にとって不幸な結果を生むことになるんだよ。」


「だからこそ僕はタケルの正体を秘密にしなければならないと思っている。タケルにはその分、肩身の狭い思いをさせることもあると思うが、何とかこらえてほしい。この通りだ!」


ヴィクターは話し終えると俺に向かって頭を下げた。しかし俺はヴィクターに対し、すぐに返事をすることができないでいた。話は理解できたし、俺が勇者であることを隠す理由もわかった。しかし、ここにきて俺の中に一つの違和感が生まれた。


なぜ魔王を倒さないといけないんだ?

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