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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
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外伝 土王アレクサンドラ 第1話

(……私が……消えていく)


体はどこも動かなくなった。思考も少しずつ閉ざされていき、果てしない闇がそこまで迫っているような感覚だった。


それでも私は最後の力を振り絞り、目を開いた。


誰かがそこにいた。顔はよく見えなかったが、その人は私に剣を向けていた。


(……そっか、これが私の”罰”なんだ)


まもなく私は死ぬのだろう。しかし、不思議と心は落ち着いていた。


同時に今まで忘れていた、いや、忘れようとしていた記憶が私自身の中に溢れるように流れ込んできた。


……


「……以上がこの戦いの目的だ。私は人族の国に対し、戦争を始める」


中央の席に腰掛ける年老いた人物が言った。


「……アレクサンドラ、あなたにはぜひこの戦いに加わってもらい、その力と知恵を貸していただきたい」


彼は私に目を向けると、そのまま続けた。


彼の名前は”イファール”、竜族の長にして、私たちの王、“魔王”と呼ばれる人物であった。


イファールは現魔王イリヤの祖父にあたるが、この時代にはまだ、イリヤは生まれていない。


私が今見ているのは”記憶”だ。遠い遠い昔の記憶。数えるのが嫌になるほど遠い昔にあった出来事だ。


「……」


イファールの言葉は私にとって快諾できるものではなかった。


(……戦争なんて大きらい)


当時の私は、命を奪い合う戦争を心の底から憎んでいた。


……


この時の私は土王を継いでまだ間もない頃だった。


初代土王である祖父が亡くなり、父がそれを継いでいたが、人族との小規模な戦争があった時に深い傷を負い、それが原因で父も亡くなってしまった。


そのため、私はエルフ族としてはまだ若かったが、気が付けば、”土王アレクサンドラ”と呼ばれるようになっていた。


「……」


私以外にも、この部屋には二人の四天王がいた。


私の正面に座っている屈強な男は”水王オルファニトス”。彼はその鍛え抜かれた太い腕を組みながら目を閉じ、何かを思案しているようだった。


そして私の隣には、キョロキョロと落ち着かない様子で周りを見ている黒い狼の姿をした男、黒狼族の長でもある“火王リノルド”がいた。


残り一人の四天王、“風王サキバルト”はここにはいなかった。そもそも彼はこういった集まりには絶対現れない。普段は何をしていて、どんなことを考えているのか、さっぱりわからない人だった。


「……」


二人の態度はそれぞれ異なるものだが、どちらも私が発言するのを待っているような気がした。


その理由は考えなくてもわかることだった。この中で一番の”年長者”が私であり、年長者が最初に意見を言うべきだと、二人とも考えているからだ。


「……悪いけど、私は反対!この世界の神様は私たちのことも人族のことも等しく愛してくれているのに!そんな私たちが殺し合うなんて、神様が怒るよ!」


私は席から立ち上がりながら強い口調で答えた。


当時の私は人生の中でもシデクス教に最も傾倒していた。そのため、全ての価値観、判断基準はシデクス教の教えに基づいていた。


「アレクサンドラ!いくらなんでもそんな理由で魔王様に反対するのは……」


青ざめた表情でリノルドは私を窘めるように言った。


「リノルド!あなただって戦っている余裕ないでしょ!黒狼族も大分数が減ってしまったし、最近は気温も上がらなくて作物も育たなくなってる。このままじゃ私もあなたも森の仲間たちもみんな死んじゃうかもしれない!……私は戦争なんて絶対認めないから!」


私が怒鳴るようにリノルドに反論すると、彼はそのまま下を向き、その場で小さくなってしまった。


リノルドと私は”獣人の森”と呼ばれる場所にともに住んでいた。そのため、リノルドが赤ん坊の時から交流があり、よく私に叱られていた記憶があるせいか、彼は私が怒るとそのまま黙ってしまうことが多かった。


「アレクサンドラの意見はわかった。だが先ほども言った通り、今回の戦いはただの領土拡大などというつまらない目的のためではない。私たちの仲間が“関所”で人族の兵に殺されたのだ……子どもも容赦なくな。私はそれを許すわけにはいかない」


私とリノルドのやり取りを静かに聞いていたイファールは、顔色一つ変えずに言った。


「そうやって誰かが殺された代わりに誰かを殺して……いつになったらそれは終わるの!?ずっとこの苦しみの連鎖は続くことになるんだよ、イファール!」


私はイファールを強く睨んだ。


イファールとは生まれた年が近く、幼馴染だった。昔から何でも話せる関係で、イファールが魔王になってもそれは変わらないと思っていた。


(……昔は一緒に戦いのない世界を作ろうって話していたのに)


私はイファールを見た。年老いた彼の顔は、幼き時の純粋なもののままではなく、感情がいっさい見えない、酷く冷たいものに変わってしまっていた。


「……もう良い。お前たちが従わなくとも、私一人でも戦う」


イファールはそう言うとそのまま立ち上がり、部屋を出て行った。

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