外伝 薬師オースティン 第2話
「……」
“私”はゆっくりと目を開いた。目の前には、配下の魔人族と二人の人族がいた。
(……うむ、問題ないようだな)
オースティンの体を確認するようにじっくりと見回しながら、うまく”人格”が入れ替わったことを実感した。
鏡で顔を確認した。その顔はオースティンのものではなく、“私のもの”だった。人格が入れ替わると顔も変化するのは、私にとっても不思議な現象だった。
「……な、なんだ!?……ん?……その顔!まさか、“お前”だったのか!」
突然、冒険者の一人が怯えた表情を浮かべ、酷く驚いたような声を出した。
「ほう……さすが一流の冒険者といったところか。何が起こったのかわからなくても、私に対し、本能的に恐怖を感じているのか」
私は冒険者を見ながら、満足するように頷いた。
(これはなかなかの素材だ。薬の結果がどうなるのか、今から楽しみなものだ)
思わず顔が綻びそうになるのを堪えながら、私は部屋にある棚に向かった。そして、保管されていた”ある薬”と注射器を二本持ち、冒険者のところに戻った。
「……ひいい、何をする気だ、止めろ!」
私が薬を打つ準備をしていると、もう一人の冒険者が叫び始めた。
「もう諦めろ。先ほどオースティンが言っていただろ?君たち冒険者は得る報酬の対価として、命を失う代償を背負っていると。その時が来たというだけだ。別に大した話でもなかろうに……」
冒険者たちの頭に響くような悲鳴を不快に感じながらも、私はこの後の実験への思いを馳せつつ、冷静に彼らを説き伏せた。
「それに君たちは死ぬわけではない。新しい肉体に生まれ変われるはずさ。……まあ、実験がうまくいけばだが……」
私は冒険者の方へ振り返ることなく、淡々と話しながら実験の準備を続けた。
「よし、こんなものか」
準備を終えた私は、さっそく冒険者の首筋に注射針を近づけた。
注射器の中身は、オースティンとともに開発した“新しい薬”だった。
「くっ!ここまでか……俺たちはお前のやってきたことを絶対に許さない!たとえ、ここで俺たちが死んだとしても、必ず誰かがお前の悪事を明らかにし、お前を殺す!」
先ほどまで恐怖に満ちていた冒険者はこの土壇場で、怒りに満ちた目を向け、強く叫んだ。
(……うむ、良い目だ)
私はそのような冒険者を見直し、敬意を持って注射針をその首に刺した。
……
(……はあ、結局失敗か。まあ、簡単に事は運ばないか)
冒険者たちに薬を注入してから数分経ったが、特に変化もなく、二人は意識を失ってしまっただけのように見えた。
「……二人を牢に入れておけ、またしばらくしたら実験に使う」
すでに冒険者たちに興味をなくした私は、二人を拘束している魔人族の顔を見ることなく、命令した。
「……ギェ」
その時だった。冒険者の一人から奇妙な音が聞こえたかと思うと、二人は白目を剥いて苦しそうに体を捻じらせ始めた。
「ギ、ギェアアアアア!」
そして、耳を塞ぎたくなるほどの雄叫びが彼らから発せられると、二人の体は瞬く間に膨れ上がった。
「おお……!」
その光景に私は感動し、その場に固まってしまった。
(……成功した!)
二人を拘束していた紐は既に切れ、その体格は元の二倍以上のものになっていた。
気が付けば、冒険者たちの肉体は人族だったとは思えないような強靭なものとなり、禍々しいほどの筋肉が際立っていた。
さらにその顔は狼、牛、それともドラゴンなのか、そのどれにも当てはまらない獣の顔に変化し、まさに”化け物”と呼ぶにふさわしかった。
二体の化け物は真っ黒な瞳を私に向けたまま、動かなくなった。
(……うーむ、不思議なことだ)
私は化け物たちを観察するように眺めながら、首をひねった。
二体は同じ見た目をしていたが、それぞれ肉体の色が”青”と”赤”で別れていた。同じ薬で違う色になるという結果は、今後も研究を続けていき、解明する必要があった。
「っ!?おっと!」
突然、化け物たちが私に向かって、音もなく襲い掛かってきた。
その攻撃を間一髪のところで躱しながら、すぐに片手を前に出し、魔法を放った。
化け物たちは壁に吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
「危ないところだった……こんな実験をして殺されてしまったら、ただの笑い話だ。……おい!これをこいつらの首に付けておけ」
私は自虐するようにつぶやきながら、腰を抜かしていた配下の魔人族に、机に置いてあった首輪の形をした魔法具を二つ投げた。
「は、はい!」
魔人族は慌てて首輪を受け取ると、すぐに化け物たちの首にそれを取り付け始めた。
首輪は魔法具であり、モンスターなどの知能のない生物を自在に操ることができるものだ。
「……そうそう、君たちは私のことを調べていたのだったな。それならば、実験成功の礼に、名ぐらいは名乗っておこう」
化け物たちに向かって私は微笑みながら言った。
「私は”風王サキバルト”、ただの魔人族だ。君たちが考えているほど大した人間でもないのだが……ふん、もう聞こえていないか」
床に倒れたまま動かない“冒険者だった者”たちを横目に、私はソファに腰掛け、静かに目を瞑った。
意識が徐々に消えていくのを感じた。すぐにオースティンが“戻ってくる”はずだ。
(実験はうまくいった。“計画”も次の段階に進めなければならないな)
全てが順調だった。私は心地の良い気持ちをそのままに、ソファに背中を預け、眠るようにして意識を閉じていった。
“私”はこの世界から姿を消した。




