表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
205/246

第56話

俺とヴィクターの間に一瞬だけ沈黙の間が生じた。


ヴィクターは俺の言葉を聞くと同時に目を閉じた。俺に答えるかどうか迷っているようにも見えた。


「……タケルが想像している通りだ。毒の考案者は”薬師エルザ”。君の知っているあの研究者だよ。」


ヴィクターは諦めの表情を浮かべながら答えた。


(……エルザさん?なんでエルザさんがこんな毒を?いやそもそも、エルザさんが人を殺す目的を持ったヴィクターに、開発した毒をそのまま渡したっていうのか?)


俺の頭に動揺と混乱が広がっていった。


(……エルザさんは多くの人を毒から救うために研究をしていたんだ!こんなことに協力するなんて、絶対にあり得ない!)


「心配するな、タケル。彼女は今回の件にいっさい協力しようとしなかった。むしろ王族の僕に対し、たった一人で盾突いたぐらいだからね。」


俯いた俺に向かって、ヴィクターは小さくため息をついてから話し始めた。


「毒の可能性に興味を持った僕は、彼女に研究成果の資料を提出するよう求めた。だけど、彼女はそれを拒否したんだ。『私の研究は誰にも渡さない』ってね。まったく、王家の金で研究しているというのに、困った女性だよ。」


エルザに不安を抱いてしまったが、ヴィクターの話に少しだけ安堵した。


“エルザの信念”は以前と変わらなかった。毒で苦しむ人を助けるために、毒の研究を行う彼女の信念。そんな彼女が、自らが作った毒を、王族相手といえども簡単に差し出すとは思えなかった。


しかし、そうであるとするなら、なぜヴィクターはエルザの作った毒のレシピを入手することができたのだろうか。俺はその疑問に答えを見いだせないまま、ヴィクターの話の続きを待った。


「仕方なく僕は兵士に命令を出し、資料を押収することに決めた。そうしたら彼女は抵抗して資料を燃やそうとしたから……その身を拘束させてもらった。」


ヴィクターの言葉を聞きながら、俺はマルメトに出発する前の出来事を思い出していた。


”……エルザですか。最近王都から北にいったところにある集落で、新種の毒を持つモンスターが見つかったという報告がありましてな。現在エルザにはそこに調査へ行ってもらっているので、当分の間、王都には戻って来られないでしょう”


それはエルザの上司である施設長の言葉だった。あの時はそれが事実だと思っていたが……


(本当はもうあの時には、エルザさんはヴィクターによって捕らえられていたってことか……)


俺はヴィクターに対してではなく、自分自身に強い怒りを感じた。


(なぜあの時、異変に気づけなかったんだ。エルザさんなら調査に行く前に、そのことを俺に教えてくれていただろ!それがなかった時点で、もっと怪しむべきだったのに……)


城内であれば安心だという先入観を持ち、不審な点に気が付くこともできなかった。俺はそんな自分の至らなさが許せなかった。


「本来であれば、王族に逆らうなど極刑に値するが、彼女はかつての毒入り料理事件で多くの兵士を救い、昏睡状態のトミーを回復させる薬を発明し、さらに今回は土王をも殺す毒まで作り出した。……あれほど優秀な人材をみすみす失うのはあまりにも惜しい。」


ヴィクターは口に手を当て、思案するような顔をしながらも、次第に声色を優しいものに変えていき、話を続けた。


「ほとぼりが冷めたら、それらの功績と引き換えに、無罪放免とすることを約束しよう。……まあ今後、彼女の生活、仕事は監視付きとなるだろうけどね。」


俺は全身の力が抜けていく感覚を覚えた。気を抜いてしまったら、そのまま後ろに倒れてしまいそうなほどだった。


ヴィクターのしたこと、エルザの状況、全てが現実に起こったのだということを、俺の頭が理解するのを拒んでいるみたいだった。


「彼女は、いずれ誰かが今回のような毒を作ってしまうのではないかと懸念して、自らレシピを考案したみたいだ。本来はその毒の特効薬を作ることが目的だったみたいだが……」


優しく俺に語りかけていたヴィクターだったが、突然、小さく噴き出し、こう続けた。


「愚かなことだよ。そのようなものを作ってしまえば、いずれ誰かに嗅ぎつけられ、利用されるというのに。本当に研究が好きなだけの人間は、世の中のことがまったくわかっていないみたいだ。」


それを聞いた瞬間、俺はリックとドロシーを振り払い、気が付けば、ヴィクターの胸倉を掴んでいた。


そして再度、ヴィクターの顔めがけて、右手を振り上げた。


サーシャは殺され、エルザの尊厳は踏みにじられた。もはや俺の怒りだけの問題ではなかった。


「……」


今にも殴りかかろうとしている俺に対し、ヴィクターは目を背けるだけで、反撃どころか、俺の手を払いのけることすらしなかった。その姿は、これから起こることを受け入れているようにも見えた。


そして、そのヴィクターの目を見た瞬間、俺は先ほどまで感じていた強い憤怒の感情がスッと消えていくのを感じた。


(……なんでそんな悲しくて、辛そうな目をしているんだよ。)


俺はその目に含まれた感情に気が付くと同時に、ヴィクターがなぜ別人のような冷酷な態度を取り、悪者のような振る舞いをするのか、全てを理解した。


(……今回のこと、全ての罪を、一人で背負おうとしているのか。)


俺はふと考えた。ヴィクターは望んでまで、本当にサーシャを殺したかったのだろうか。


ここ最近、悲しいことが多く起こり過ぎた。オルズベックによって多くの兵士や魔術師が死に、魔人薬によって多くの市民が苦しんでいた。


それに対して、ヴィクターは王族として、非情な手段を使ってでも行動を示さなければならなかったのではないだろうか。


(……”バカ”なのは、ヴィクターの方だよ。)


俺はゆっくりとヴィクターから手を離し、そのまま背を向け歩き始めた。


徐々にヴィクターから離れていったが、ヴィクターは何も声を掛けてくることはなかった。


「……」


俺はぼんやりと当てもなく歩き始めた。


途中で人々の声で賑わう大通りを過ぎ、子どもの声が飛び交う住宅街を通って、気が付けば、マルメトの街から外へ出ていた。


俺はヴィクターの元を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ