第５２話
「……」
サーシャは驚きのためか、抵抗することなく、俺に抱きしめられたままでいた。
俺自身もなぜこんなことをしているのかわからなかった。光の剣をサーシャに向けた時、俺は確かに”覚悟”を決めたはずだった。
「……やっぱり嫌だよ、俺。サーシャと戦いたくないし、殺し合いもしたくない。」
さらに、サーシャを強く抱きしめながら俺は、自分でもよくわからないまま話し始めていた。
「さっきまでずっと仲良く、楽しくやってたじゃないか？どうしてこんなことしなきゃならないんだよ？俺は全然納得できない！」
覚悟を決めたなんて、大嘘だった。サーシャを諦めるという選択を、俺は絶対にしたくなかった。
「なあ、サーシャ？俺に悪いところがあったなら言ってくれよ。ちゃんとするから……だからさ、もうこんなことは止めてくれ。」
覚悟も何もかも忘れ、俺はただずっとこの戦いを通してサーシャに伝えてきた言葉を、改めて口にした。
（でもきっとこれが俺の本心なんだ。覚悟なんか、どうでもいい。）
俺はこの世界に来た目的や戦う覚悟、そういったあらゆるものをいったん全て忘れ、心の奥にある本当の思いをサーシャに伝えたいと思った。
「……」
サーシャは俺に対し、何も答えなかった。
もしサーシャが再び戦おうとすれば、俺はこのまま殺されてしまうだろう。だがそれでも今はこうしていたかった。
「……ぐす……うっ。」
気が付けば、サーシャは体を震わせていた。抱きしめているため顔は見えなかったが、サーシャが泣き始めてしまったのだと、すぐにわかった。
「……私も……うぅ……私も……タケルを……殺したくなんてないよ。」
サーシャはそう言うと、両手を俺の背中に回して、ギュッと抱きしめ返してきた。
「……タケルだって……大切、なのに……私、なんで、こんなこと……本当に……ごめん、ね……タケル。」
サーシャは嗚咽を漏らし、涙交じりの声で言った。
「よかった……サーシャが同じ気持ちで、本当によかった。」
俺はサーシャの背中をさすりながら、サーシャだけでなく、自分自身をも安心させるようにつぶやいた。
（……サーシャに何があったかわからないけど、サーシャの本心はそのままだ。とりあえず、サーシャが落ち着いたら、どうしてこんなことをしたのか訊かないと……）
「けほっ……けほ、けほ！……けほ！」
突然、サーシャはまた酷く咳き込み始めた。
「おい、サーシャ！大丈夫か！？」
俺はサーシャの背中を、今度は少し強めにさすりながら声を掛けた。
しかし、サーシャの咳は止まらなかった。それどころか、症状が急速に悪化しているようにさえ見えた。
（……え？）
顔に何か冷たいものが飛んだような気がした。
俺は手でそれに触れると、赤い液体が顔についていた。
「サーシャ！」
サーシャは吐血していた。そして苦しそうに咳をしながら、そのまま倒れてしまった。
