第2話
女性の登場によって、少し思考が止まってしまったように感じたが、俺は次第に冷静になっていった。
「助けるってどうやって?妹はもう・・・」
そうルカはもう全身血まみれで息をしていない、死んでいるのだ。
この交差点は信号待ちが長いせいか、信号無視をする車が多いので注意するようにと学校の全校集会で教頭が話していたのを思い出した。
車が信号無視をしたのか、妹が車に気づかなかったのか今となっては分からないし、どうでもよかった。
ルカの死という現実を変えることはできないのだ。
「私なら助けられる。」
女性は現れた時と同じ抑揚で俺に向かって言った。
だんだん、そんな女性に俺は苛立ちを感じ始めた。
「あんた何を言っているんだ。こんな状態で助けられるわけないじゃないか。言って良い冗談と悪い冗談があるぞ。」
「私ならできるわ。あなたが相応の物を私にくれるなら。」
俺が少しきつく言った言葉に対しても、女性は特に反応を示すことなく、言葉を続けた。
「だったら俺が持っているものなら何だってくれてやる!その代わり、今すぐ妹を助けてみろよ!」
俺はもうこの女性に関わることが面倒になった。今はこの女性よりも、救急車や警察、親にも連絡しないといけない。しかし、妹を追いかけるのに何も持たずに来たから、スマホが手元にないことに俺は気が付いた。この辺に公衆電話はあるのだろうか、なんてことを考えながら俺は無意識に周りを見渡していた。
「いいでしょう。妹さんを助ける対価はあなた自身ということね。」
俺がこれからの事を頭の中で考えていると、女性はルカに近づいて杖を向けた。
その杖はファンタジー映画などで見るような魔法の杖のように見えた。
「おい、あんた何をしようと・・・」
俺が止める間もなく、女性は杖から青白い光を放った。
その光は温かいぬくもりのようなものを含んでいると感じられた。
「えっ?」
ルカに放たれた光は妹の体を包み始め、さらにルカの体を少し浮かせた。
何が起きているのかさっぱり分からず、俺はその情景を間抜けな顔で眺めていた。
血まみれだった体は綺麗になっていき、折れていたであろう全身の骨が元に戻っていく。
それが起きたのは数秒の事だったと思う。気づいた時には青白い光は消え、ルカの体は地面に戻っていた。
俺は、はっとしてすぐにルカに近づいた。意識は戻っていないが呼吸は感じられる。いつも部活から帰って来て、そのままソファーで寝ているルカそのものだった。
「え、ちょっと待って、あんた一体妹に何をした?」
ルカが生き返った喜びとか嬉しさとかは全て頭から吹っ飛んでおり、ただただ何が起こったのか理解できず、頭が混乱していた。
「このままここで寝かせていると風邪をひいてしまうわね。」
酷くなる雨の中、女性は空を見上げながら言った。そういえば、大ぶりの雨の中、傘もさしていないのに、女性は全く濡れていないことに俺は気が付いた。
女性は少し考えるようなポーズを取った後、また杖を取り出し、ルカに向かって光を放った。今度の光は明るい緑色をしていた。
光は再度、ルカを包み込むと、今度はその場から妹の姿が消えてしまったのだ。
「えっ!あれ?おい、妹が消えたぞ。どこにやった?というか何をしたんだ!?」
「あなたの家に転移しただけよ。これはサービス。」
女性は杖をしまいながら、仮面の顔をこちらに向け答えた。
確かにルカは死んでいた。しかし、女性が何かしたことでルカは生き返り、そして今は家に送られたとのことだ。
全く意味が分からないが、ともかくルカは助かったらしい。
俺は次第に頭が状況を理解できるようになると、体から力が抜けていき、その場にへたり込んでしまった。
「じゃあ、次はあなたの番。対価はあなただったわね。」
ぼおっとしている俺に対して、女性は淡々と言いながら、杖を俺に向けた。
そっか、ルカの命を救った代償に、今度は俺の命が奪われるということなのだろうか。
俺は不思議と恐怖を感じる事無く、その事実を受け入れることができた。妹が助かったんだ。それで十分じゃないか。
俺は目を閉じ、その瞬間を待った。
しかし、意識が消えるという感覚は無く、代わりに右手の甲に少しズキっとした痛みを感じた。右手を見るとそこには魔法陣の様なものが刻まれ、すぐにそれは見えなくなった。
「俺に何をしたんだ?」
「私にあなたをくれるって言ったじゃない。だからあなたに奴隷紋を刻んだの。」
「それってつまり?」
俺が意味を理解できないでいると、女性は答えを言ってくれた。
「今あなたは私の奴隷になったのよ。」