第43話
俺が神殿から出ると、そこには無数の兵士が隊列を組む、カーレイド軍がいた。
その先頭に、兵士に守られるようにしながらヴィクターが立っているのが見えた。
「ヴィクター!」
俺は走ってヴィクターの元に向かった。
兵士たちは道を開けると、ヴィクターが前に出てきた。
「……タケル、話がある。」
ヴィクターは感情を感じさせない人形のような表情をしていた。
どこか不気味で恐ろしさを感じたが、それを気にしている余裕は、今の俺にはなかった。
「話って?」
俺は覚悟を決めてヴィクターに問いかけた。
十中八九、ロズリーヌの引き渡しの要求だと思ったが、俺は尋ねずにはいられなかった。
「教会のユリウスについてだ。時間がない。手短に話す。」
ヴィクターの言葉に俺は意表を突かれた。
(なぜ急にユリウスの話?ロズリーヌのことじゃないのか?)
いろいろと疑問が浮かんだが、俺はヴィクターが話し出すのを黙って待つことにした。
「ユリウスは教会の兵たちを撤退させたことで、神殿への進攻を諦めたかと思ったんだが……意外な方法でここを攻撃してきたよ。」
ヴィクターは目を閉じながら言った。
「意外な方法って……別にここは何も攻撃されていないと思うけど?」
俺はヴィクターの言葉の意味が分からず、神殿の方へと振り返った。
神殿は俺が初めてここを訪れた時と変わらない、長い歴史を感じさせる建造物そのままで、物理的に攻撃されたような形跡はなかった。
「ユリウスは今朝、マルメト議会に対して、今回の魔人薬密輸の黒幕が土王アレクサンドラであると公表したんだ。このことはすぐに西側諸国にも伝わるだろう。」
「……は?そんなデタラメな!誰もそんなこと、信じるわけないだろ!」
ヴィクターの話に俺は激しく動揺しながら、怒鳴るように言った。
「……残念ながら、あちらも証拠は揃えている。マルメトから北にあるニールの秘密の倉庫、その情報も一緒にユリウスは公表していた。マルメト議会がそこを調べれば、すぐにこれが事実だと認定されるはずだ。」
ヴィクターは首を振りながら俺に答えた。
「そんな、なんで奴がそれを知って……!」
俺はヴィクターにその疑問をぶつけようとしたが、すぐにその理由が分かった。
(教会のスパイがこのカーレイド軍の中にもいるのか……)
「倉庫の近くにあったトンネルは何者かによって破壊されていたから、そこから神殿に繋がるという証拠はもうないが、トンネルがあったという事実だけは確かだ。さらに、倉庫にかなりの数の魔人薬が残っていたことからも、土王が言い逃れするのはもう難しい。」
「でも、サーシャは本当に関係ないんだ。真実はニールにロズリーヌが騙されていたってだけのことで、ここの人たちは何も悪くないんだよ!」
俺は強い口調でヴィクターに訴えた。しかし、これではサーシャたちが無実であるという確証としては弱いということに、俺は内心気が付いていた。
「……タケル、昨日も話しただろ?西側の人々が亜人族をどのように考えているかということを。魔人薬の真相が事実かどうかはもう関係ないんだ。亜人族が、亜人族の王が関わっているという“事実”が重要なんだよ。」
「……いや、これは人族の話に限らない。人族と友好を築きたいと考えていた亜人族をも、土王たちは敵に回すことになってしまった。いずれ教会ではなくても、怒りに満ちた多くの人間がバリナに押し寄せてくるはずだ。もうこのまま、彼らがここにいることはできないだろうね。」
ヴィクターの話を聞きながら俺は心が折れそうになっていたが、それでも諦めるわけにはいかなかった。
「……ヴィクターはどうするつもりなんだ?」
俺はヴィクターを真っすぐ見つめ、さらに尋ねた。
ヴィクターが教会よりも先にバリナを制圧するというのであれば、俺は自分が持つ力の全てをかけてでも、ヴィクターを止めるつもりだった。
「別に僕はここをどうこうするつもりはないよ。」
ヴィクターは両手を軽く上げながら答えた。
「本当か?」
「ああ、教会の彼らと違って、僕たちは魔人薬の事件を解決することが目的だしね。ただ……」
ヴィクターは少しだけ穏やかな表情を見せたが、すぐに視線を鋭くさせた。
「土王アレクサンドラ、もしくはその従者ロズリーヌ、どちらかが我が軍に投降してもらうのは絶対だ。そうじゃなきゃ、兵を引くことはできないよ。」




