第40話
リックがサーシャに近づき手紙を渡すと、サーシャは何も言わずにそれを受け取り、手紙を開いて静かに読み始めた。
手紙を読むサーシャの顔からは何の感情も読み取れなかった。そのせいか、サーシャがまるで精巧に作られた人形であるかのようにさえ見えてしまった。
「……タケル。」
しばらくして、サーシャが手紙を読み終えると、俺にそれを手渡してきた。
「いいのか?俺が読んでも?」
困惑しながらも俺はサーシャに確認するように尋ねた。
サーシャが無言で頷いたため、俺はその手紙を受け取り、中身を読み始めた。
……
その手紙はロズリーヌのものだと思われる字で書かれていた。ただ急いでいたのか、それとも違う理由なのかわからないが、その字はあまり奇麗ではなく、ところどころ歪んでいた。
しかし、そんなことなど気にする余裕がないほど、その内容は辛く、悲しいものだった。
そこには、ロズリーヌがニールに協力するに至った経緯が書かれていた。
ロズリーヌはニールと知り合って交際するようになってから、ニールの商売がうまくいっていないことを知り、神殿のトンネルの秘密を打ち明けたみたいだった。
それを知ったニールは東側の鉱石を密輸したいという話をロズリーヌに持ちかけ、悪いことだと思いながらも、ロズリーヌはニールのためにそれを受け入れてしまったらしい。
そしてロズリーヌは密輸のため、荷物を運搬する亜人族、トンネルを掘れる土竜族にサーシャの名前を騙って命令を出して、新たな出口を作った。
実際に密輸が始まり、すぐにニールの商売は軌道に乗り、ニールの幸せそうな顔が見られて嬉しかったという思いをロズリーヌは手紙に書いていた。
しかし、一方で実際に運んでいるものが本当に鉱石なのかという疑いも持っていたとも書かれていた。
……
俺は手紙を読む途中で、一度、サーシャの顔を見た。
サーシャは俯いたまま、無表情でその場に立っていた。
俺はサーシャに何かを尋ねるのを諦め、手紙を再度読み始めた。
……
手紙の続きには、ロズリーヌの心の葛藤が綴られていた。
いったい何を運んでいるのかということをニールに問いただしたい気持ちと、今のニールとの幸せな日常を壊したくない思いにロズリーヌは苦しんでいたみたいだ。
しかし、今日、ニールの家を訪れた時、兵士たちによって連行されるニールを見て、ロズリーヌは急いで密輸したものを保管している倉庫に向かった。
そこには大量の木箱があり、中身を開けると瓶に入った薬がいくつもあったとのことだ。
その薬の正体について、ロズリーヌはすぐに察しがついたらしい。現在、西側の多くの国や都市に出回っている”魔人薬”であると。
薬を見つけたロズリーヌは強いショックを受けたようだ。まさか、そこまでのものが運ばれているとは想像もしていなかったのだろう。
それ以上に、自分の行いによって、多くの人を苦しめ、傷つけてしまったということを知り、ロズリーヌはそんな自分が許せなくなったみたいだ。
また、自分のせいでサーシャまで世間から魔人薬をばら撒いた悪人だと思われることに耐えられなかったと、他よりも強い筆圧でその思いが書かれていた。
最後に「サーシャ様、ごめんなさい」という言葉が震えた筆跡で書かれ、手紙はそこで終わっていた。
……
手紙を読み終えた俺は、何も言葉を口にすることができなかった。
ロズリーヌとニールが共犯だと気づいた時は、ロズリーヌは魔人薬を運んでいることを知っているものだと思っていた。しかし、ニールの供述通り、ロズリーヌは何も知らずにそのことに加担させられていた。
ロズリーヌはその真実に耐えることができなかったのだと思った。だから、”このようなこと”に及んでしまったのだろう。
「……この子、昔から男運がないって話をしたでしょ?」
気が付けば、サーシャは再びロズリーヌが眠るベッドの前に屈み、俺に背を向けて話し始めた。
「いつも顔の良い男ばかり好きになって夢中になっちゃうの。でも、最後には騙されたり、酷い振られ方をしたり……」
「だから私は「ちゃんと相手の中身も見なさい!」っていつも注意してたのに、やっぱりロズリーヌは、私の話なんて全然聞いてなかった……」
サーシャは話をしながら、顔をシーツに埋めた。
「本当にバカな子なの……本当に大バカ……うっ……うっ」
そして、そのまま体を震わせながら、サーシャは小さく泣き始めた。
次第にその泣き声は大きくなり、静かな医務室に響き渡った。
「……」
俺はリックと無言で頷き合うと、静かに医務室を後にした。
今のサーシャに掛けられる言葉は何もなかった。




