第39話
俺たちは一晩中、サーシャの指示に従い、走り回り、それぞれができることをやった。
途中から事態に気が付いた他の大人の亜人族も加わって、真夜中にも拘わらず、いつもとは違った騒がしさに神殿は包まれた。
「……」
サーシャは一瞬たりとも休むことなく、いくつかの薬草を煎じて薬を作っていた。
作った薬をゆっくりとロズリーヌに飲ませ、それが終わると、また新しい薬を作る、それをずっと繰り返していた。
……
気が付けば一睡もすることなく、朝を迎え、間もなく昼近くになろうとしていた。
「……」
もうやれることもなくなり、俺とリック、ドロシーは医務室の入り口近くにあった椅子に腰掛け、サーシャの治療が終わるのを静かに待っていた。
「絶対に大丈夫ですよ!エルフ族って生命力が取り柄みたいな種族ですから!」
リックは俺にいつもの軽い口調で言った。しかし、その顔に笑顔はなく、むしろ少し張り詰めたようなものだった。
「……」
ドロシーは軽く体を揺らしながら舟を漕ぎ出していた。
無理もなかった。昨日はトンネルのことや、ニールのこと、最後には今のロズリーヌと、立て続けに事件が起こった。
さすがにずっと動きっぱなしで俺自身も疲れを感じ始めていた。気を抜けばそのまま倒れてしまいそうだった。
「おい、ドロシー、無理しないで、どこか空いているベッドで寝かせてもらったらどうだ?」
俺が優しくドロシーに言うと、ドロシーは体をビクッとさせて目を覚まし、すぐに首を横に激しく振った。
「……いい、ここにいる……ます。」
寝ぼけているのか、もはや丁寧な言葉は使えていなかったが、ドロシーの強い意志だけは伝わってきたような気がした。
「タケル、ちょっといい?」
医務室からサーシャが現れた。
「……サーシャ!終わったのか!?ロズリーヌさんは!?」
俺は椅子から立ち上がり、サーシャに近づいた。
「……とりあえず、今はタケル一人で来てもらってもいいかな?」
サーシャは俺から視線を外し、複雑そうに俯き言った。
サーシャの表情から結果は芳しくないものだと想像できた。
俺は椅子に座っているリックとドロシーに視線を送った。二人は無言でゆっくりと頷いた。
「分かった。」
俺はサーシャに答え、そのまま二人でロズリーヌのいる医務室に入った。
……
部屋中にあらゆる薬草や調理器具のようなものが散乱していた。
まるで嵐が過ぎ去った後みたいだ。そんな部屋の中で、整えられた奇麗なベッドの上で眠るロズリーヌがいた。
俺はロズリーヌに静かに近づき、その顔を見た。
ロズリーヌは幸せな夢でも見ているのか、微かに笑顔を浮かべ穏やかに眠っているように見えた。
治療の結果がどうなったのか分からない俺は後ろを振り向き、サーシャの顔を見た。サーシャは俺の目を見ることなく、辛く悲しそうな顔をするだけだった。
「……助かったのか?」
「うん、命はね……」
その言葉の意味を追求することはせず、俺はサーシャの次の言葉を待った。
「昨日タケルが魔法を使ってくれたおかげで、その時点で怪我は完治していたの。血がだいぶ流れたことで、体力が落ちて意識が戻らないんじゃないかって私は考えて、いろんな栄養のある薬草を使った薬をロズリーヌに飲ませたんだけど……」
「その結果は良かったみたい。ロズリーヌの顔色も戻ったし、体も温かい。エルフ族のロズリーヌであれば、二、三日で完全に回復できると思う。」
サーシャの言葉を聞いた俺は、緊張の糸が急に切れたせいか、その場で軽くふらつきそうになった。
「……良かった。本当に良かった。ロズリーヌさんは助かったんだな?」
俺は自然と笑顔になって、再度サーシャに確かめた。しかし、サーシャの表情は曇ったままだった。
「命は助かった。……でも心は分からない。」
「……心?どういう意味だ?」
サーシャの言葉の意味が分からず、俺は尋ねた。
すると、サーシャはゆっくりとロズリーヌに近づき、ベッドのそばで屈むと、ロズリーヌの顔を優しく撫で始めた。
「見て。この子、とても穏やかに眠っているでしょう?本当に幸せそうに……きっと夢の中はこの子にとって優しい世界なのかもね。」
サーシャはロズリーヌの頬に軽く触れながら、寂しそうな表情をした。
「……エルフ族はね、本当に長い年月を生きていくんだ。その間に楽しいこともあれば、悲しいことだってある。」
「どんなに悲しいことがあっても、時間が解決してくれることもあると思う。だけどね、時間が経つほど、それが大きくなっていくこともあって。」
サーシャはロズリーヌを撫でるのを止めると、立ち上がり俺の方へと向いた。
「それは本当に辛いことだと思うんだ。きっと本人だってそれを乗り越えたいはず。だけどできない。……そんな時、エルフ族の中にはそこから逃げ出してしまう人がいるの。」
「逃げるってどこに?」
俺はサーシャを見つめ、その答えを訊いた。
「夢の世界。ずっと眠り続けることで、夢の世界に逃げてしまうの。」
……
「この症状はエルフ族特有のものなの。他の種族では聞いたことがないから。……ううん、エルフ族でも本当に珍しいことなんだ。」
サーシャは話しながら表情を暗くして下を向いた。
「きっと心が壊れてしまったんだと思う。もう現実に耐えられなくて、生きていくことができなくて……そんなエルフ族は、眠ることで現実からいなくなってしまうの。」
「……なんとなく言いたいことは分かるけど、まったく起きないなんてあり得ないだろ?病気や怪我ならともかく、体が健康なら嫌でも起きる時があるんじゃないのか?」
精神的な問題で起きることができないという話なのだろうか。そうだとしても、食事などで起きるタイミングがあるような気がした。
「違うの、そんな簡単な話じゃない。本当にいっさい目覚めなくなるの。」
サーシャは俺の顔を見て、悲痛な面持ちで言った。
「……でもさ、それだと食事とかどうするんだよ?」
「こうなってしまうと、もう一人じゃ食事もできない。昔、森に住んでいた時、今のロズリーヌと同じようになってしまった人がいたけど、その人には、私がロズリーヌにしたように、家族や近所の人が体力のつく薬草を煎じて飲ませていたんだ。」
医務室から出てきたサーシャの表情がずっと暗いものである理由がやっと分かった。
そしてロズリーヌの状況の深刻さとこれからのこと……なんとなく予想がついた。
「なあ、サーシャ?ロズリーヌさんはいつぐらいに目覚めそうなんだ?長くても一週間ぐらいだよな?」
それでも俺は僅かな希望にすがるようにサーシャに尋ねた。
「……分からない。明日には突然目覚めるかもしれないし……もしかしたら目を覚ますのは”百年後”、ううん、もっと遠い未来かもしれない!」
サーシャは最後にキュッと目を閉じながら強い口調で言った。
(……百年後?それっていつだよ?……こんな幸せそうに眠っているだけなのに、次に目覚めるのが百年後って。)
俺は頭の中が真っ白になっていった。
「……この子は確かにあまり心が強い子じゃなかった。最近はあんな感じだけど、昔はいつも泣いてばかりで、いろんなことに傷ついて……だけど、自ら命を絶とうとするなんて絶対にしなかった!」
「ねえタケル!ロズリーヌに何があったの!?何がこの子をこんな目に遭わせたの!?全部教えて!……教えてよ。」
サーシャは俺の肩を両手で掴みながら、今までのサーシャから聞いたことがないような強い口調で俺を責めるように言った。
そしてそのまま、俺の胸にサーシャは顔を埋めた。
「……あの、お取込みのところ本当にすみません。ちょっとだけ良いですか?」
声がした方へ顔を向けると、部屋の入り口のところに気まずそうな顔をしたリックが立っていた。
「さっき、ここで働いている亜人族の人が来て、ロズリーヌの部屋を片付けていたら、”これ”が見つかったって届けてくれたんですよ。」
リックはそう言いながら、右手を上げ何かを見せた。
リックの手には”手紙”のようなものがあった。




