第35話
「……」
ニールはカーレイドの捜査本部のある屋敷に連行され、現在取り調べを受けていた。
小さな部屋に机と椅子が置かれ、簡易的に作られた取調室だというのが見て分かった。
「おい貴様!いい加減にしろ!」
兵士の一人がニールに対し、激昂するように言った。
ニールは何も話そうとしなかった。兵士がいくつか尋問するが、ニールは顔色一つ変えることなく、沈黙を貫いていた。
(……午前中会った時とまったく雰囲気が違う。今は不気味な感じだ。)
ニールは自分の嫌疑について否定することもしない。ただ感情をまったく見せないその顔に、俺は彼の自信のようなものを感じていた。
「……失礼、ちょっと代わってくれ。」
俺と同じく部屋にいたヴィクターが取り調べを行っていた兵士に言った。
兵士は軽く頭を下げるとすぐに部屋の隅へ移動した。
「ニール、君がロズリーヌと結託して、魔人薬を流通させていたことは分かっている。」
「……」
「この都市の近くに、東側から仕入れた魔人薬を保管しておく倉庫があるはずだ。その場所を言うんだ。」
「……」
「黙っていればその分、立場が悪くなる。今全てを話せば、命だけは助けることを保証しよう。」
「……」
ヴィクターの説得するような言葉に対しても、ニールは一切の反応を見せなかった。
これではお手上げだ。いったいニールは何を考えているのだろうか。
「……仕方ない。君、頼む。」
ヴィクターが近くにいた兵士に呼びかけると、その兵士はニールの体を机に押さえつけ、首元を露にさせた。
さらにヴィクターは自分の剣を抜くと、その首元に合わせ剣を構えた。
「おい、ヴィクター何をやって……」
突然の光景に、俺は混乱し、思わずヴィクターに声を掛けた。
「何も話さないならそれでいい。別にこちらは君の供述などどうでもいいんだ。ここで君が死ねば、いずれにせよ魔人薬の流通は止まる。」
俺に答える代わりに、ヴィクターはニールに向かって低い声で言った。
ニールはこの状況になっても無表情のままだった。
「……愚かな自分の選択をあの世で恨め。」
ヴィクターはそう言うと同時に、躊躇なく剣を振りかぶった。
「……条件がある!」
その瞬間、ずっと沈黙していたニールが突然口を開いた。
「条件とは?」
剣を振り下ろすことを止め、鞘に戻したヴィクターはニールを睨んで尋ねた。
「……条件は、僕と僕の家族を保護することだ。」
……
「保護とはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。僕と家族の命を守ってほしい。あのロズリーヌから。」
ヴィクターの再度の問いかけにニールは淡々と答えた。
「……なっ!?」
俺はニールの言葉に衝撃を受けた。
(なんだよ、ロズリーヌさんから命を守るのが条件って……)
「ある日、僕の前に突然あの女が現れて、言ったんだ。「言うことを聞かなければ、お前の家族を殺す」とね。」
「それからは地獄のような日々さ。あの女に命令され、東側から仕入れた魔人薬を隠すための倉庫を建てさせられ、さらには誰にもバレないようにそれを売り捌かなければならなかった。」
ニールは顔を上げずに俯きながら、記憶を思い出すように話し出した。
(……ロズリーヌさんが家族を殺す?いつも優しくておっとりしている、あのロズリーヌさんが?)
「……倉庫を建てたんだな?その場所はどこにある?」
「その前に僕たちを保護することを保証しろ。契約書でだ。」
ヴィクターの言葉にニールが答えると、ヴィクターは兵士の一人に耳打ちした。
すると兵士はすぐに部屋を出ていった。
数分後、兵士が書類のようなものを数枚持って戻ってきた。それを受け取ったヴィクターは静かに内容を確認し、最後には書類に自分の名前を署名した。
「……お望みの契約書だ。君が真実を話せば、契約は履行される。」
ヴィクターが説明すると、ニールは契約書を手に取り、じっくりと読み始めた。
「……よし、良いだろう。倉庫の場所はここから北に一時間ほど行ったところだ。かつて”キソドの村”と呼ばれた廃村がある。その村を抜けた森林地帯の一部を整備して倉庫を建てた。」
ニールが自供すると、先ほど契約書を持ってきた兵士が、慌てた様子で再び部屋から飛び出していった。
「なぜロズリーヌが君にこんなことをさせたのか、心当たりはあるか?」
ヴィクターは無表情のまま、ニールを見下ろすようにして尋ねた。
「さあね。ただ一度だけ”魔王”の名前を口にしたことがあった。恐らく彼女も魔王に命令されてやっていたんじゃないのか?」
ニールは首を横に振りながら答えた。
(魔王ってなんだよ……ロズリーヌさんはいつもサーシャのことばかりで、魔王のことを口にしたことなんて、一度もなかった……)
「分かった。話はもう十分だ。」
「ヴィクター殿下、僕は犯罪者なのでしょうか?」
部屋を出ようとするヴィクターに対し、ニールは感情のない仮面のような表情を向けた。
「僕は土王の配下、そしてその裏にいた魔王に脅され、やりたくもない犯罪に手を貸していたのです。どうか僕にご慈悲を、殿下。人族の国、カーレイド王国の第一王子、ヴィクター殿下であれば、手を差し伸べてくださると信じております。」
「……魔人薬による被害は我が国だけではない。君の罪とその量刑は各国協議して決めることになるだろう。……ただ少しは罪が軽減されるように働きかけてはみよう、”人族の国の王子”としてね。」
ヴィクターはそこまで言うと、ニールに背を向け部屋を出た。
俺は何も言わずにヴィクターを追いかけた。
……
「おい、ヴィクター!お前、あいつの言っていること全部信じるつもりか!?」
部屋から出た俺は、怒りを込めた口調でヴィクターに言った。
「……まったく信じていないよ。むしろ軽蔑したくらいさ。」
ヴィクターは酷く冷たい表情で俺に答えた。
「だったら何で……」
「タケル、君の世界ではどうだったか知らないけど、この世界では真実よりも種族が尊重されるときがある。今回はまさに“それ”なんだよ。」
ヴィクターは悲しそうに話し始めたが、その言葉が何を意味するのか、俺には少しも分からなかった。
「先ほどの彼の供述は、今回の事件において、主犯がニールかロズリーヌ、どちらであるかという話だ。どちらも人族であれば真実に基づいて審判される。だが、ロズリーヌは亜人族だ。」
「もし僕がニールの言葉を嘘と判断した場合、世論は僕が亜人族の味方をしたと考えるだろうね。……その経緯も知らずに。カーレイド王国の王族としてそれだけはあってはならないんだ。」
ヴィクターの話を聞いていくうちに、俺はその意味を理解し始めた。
「つまり、ロズリーヌさんは亜人族だから悪者で、今回の事件の主犯だってことかよ!?」
「ああ、残念だけどね。……この件はニールにうまくしてやられたわけだ。さらにロズリーヌの名前だけでなく、魔王のことまで匂わせてきた。こうなっては真実がどうであれ、僕たちカーレイドはニールを擁護しなければならない。」
ヴィクターは目を閉じ、辛そうな表情で話し終えた。
(……ロズリーヌさん。)
その時、俺は思い出していた。嬉しそうに顔を赤らめながらニールの話をするロズリーヌのことを……
「おい、タケル!」
気がつけば、ヴィクターの制止を振り切り、俺は部屋に戻っていた。




