第33話
「詳しく話してくれないか?」
ヴィクターは俺の言葉に顔色を変えることなく言った。
「まず、魔人薬は大陸東側で作られているってことが前提になるんだけど、そうなると東側から西側に魔人薬が流通する際、どうしてもその痕跡が残る。ただ今回の問題は、その痕跡がないってことだと思う。」
「でも、神殿のトンネルを使って、ゴーレム山脈を越えることができれば、痕跡を残さずに魔人薬を運び出すことが可能になる。そう考えた時、必然的にこの事件の犯人はトンネルを使える神殿の関係者ってことになるんだ。」
「う~ん、じゃあやっぱり土王で決まりじゃないんですか?彼女ならいくらでもトンネルを使って魔人薬を持ち込めそうだし。」
リックは怪訝そうな目を俺に向けて言った。
「……リック、お前の推理には穴があった。確か言ったよな?大量のモノが神殿に入っていく情報はあるが、出ていく情報はないって。それじゃあ、トンネルを抜けて神殿に入ってきた魔人薬はどうやって外に運び出すんだ?」
「あー、そう言われればそうですね。」
リックはどこか気まずそうな様子で俺から視線を逸らした。
(こいつ、本当は推理の穴に気づいていたな!)
リックによって、俺はうまく踊らされていたみたいだ。だが、今はそのことを飲み込んでおくことにした。
「まあいい……ともかく、魔人薬の密輸にトンネルが使われたことは確定だとしても、魔人薬自体は神殿に運び込まれてなかったんだよ。」
「じゃあ、魔人薬はどこに行ったって言うんだい?」
俺の話を聞きながら、ヴィクターは眼光を鋭くして尋ねてきた。
「サーシャの話では、大陸東側の森には”土竜族”っていうトンネルを作った種族がいるらしい。恐らく、彼らを使って新たなトンネルを作ったんだろう。」
「トンネルの出口である神殿とは別に、この都市の近くの目立たない場所に新たな出口を作って拠点を設ける。そこから魔人薬を西側諸国に流通させたんだと思う。」
「なるほど……商業都市エゼム、巡礼都市マルメト、この二都市とは別の第三の拠点を作ったということか。それであれば、いくらここを調べても痕跡の一つも見つからないわけだ。」
ヴィクターは俺の言葉に納得するように頷いた。
「魔人薬が西側に流通した仕組みは分かりましたけど、でもなんで犯人がロズリーヌと、そのニールって奴になるんですか?」
リックは「よく分からない」といった顔をしながら首を傾げた。
「……正直に言うと、ロズリーヌさんとニールさんが犯人だという明確な証拠はない。申し訳ないけど、二人が犯人なのは”消去法”だ。」
俺が言い切るとリックは唖然とした表情を浮かべたが、構わず話を続けた。
「土竜族の話に戻るけど、彼らが新しいトンネルを作ったとするなら、それを命令した人物がいたはずなんだ。」
「サーシャはこの聖地だけでなく、東側にある”獣人の森”の支配者でもあるそうだ。そして土竜族はその森に住む種族……このことから土竜族に命令を出せるのは、支配者のサーシャか、その名前を騙っても怪しまれない世話係のロズリーヌさんってことになる。」
神殿には他にも大人の亜人族が何人かいたが、サーシャのことを王として崇めていて、ロズリーヌのような距離の近さはなかった。
恐らく神殿のナンバーワンはサーシャだとして、その次に権力を持つのはロズリーヌと見て間違いないはずだ。
「ロズリーヌさんはトンネルを出入りするモノの管理を任されているらしい。そこまでの立場であれば、今回の魔人薬の密輸を行うこともそんなに難しくないと思う。」
「……交際相手の商人が関わってくるのはどうしてなんだ?」
ヴィクターは手を組みながら、片手を口に当て、さらに俺に尋ねた。
「俺もさっき気づいたばかりなんだけど、いくら魔人薬の仕入れがうまくいったからって、西側諸国に販路を持っていないと、売るにも売れないはずだ。無理して売ろうとすれば、足が付くわけだし。そこを考えると、販路を持っていて、なおかつ、流通元を辿られないようにできる人間の協力が必要になると思ったんだ。」
サーシャたちは寄付金で生活を成り立たせており、商売などとは無縁に見えた。そのことから、どのように魔人薬の密輸を成功させたのかという疑問が生じた。
「外部の人間の協力……そこで交際相手の商人に繋がるわけだね。」
「ああ、そういうことだ。神殿の容疑者をサーシャとロズリーヌさんに絞った場合、商人と繋がりがあるのはロズリーヌさんだけだからな。」
俺はヴィクターの言葉に同意するように軽く頷いて見せた。
「ロズリーヌさんとニールさん、どちらが先に接触してこの話を持ちかけたのか分からないけど、今回の事件、神殿のトンネルを自由に使える人物、そして西側諸国に販路を持つ人物、この二人の協力がなければ、成立しないのは確実だ。」
俺が話し終えると、三人は何かを考え込むようにして黙ってしまった。
「でも確かに筋が通っているように思えますけど、その推理なら、土王とロズリーヌ、さらに商人のニール全員が共犯ってこともあり得ませんか?」
一分もしないうちに、リックは片手を軽く上げて言った。
「……これは俺個人の主観的な話になる。もしかしたら、サーシャがこの件に関わっていてほしくないという思いから生まれた推理なのかもしれない。」
俺は前置きを言ってから、三人に向かって再度話し始めた。
「トンネルのある部屋を探していた時のことを思い返してみると、俺は妙な違和感に気が付いたんだ。」
「俺が神殿内を走り回る間、なんでサーシャはさっさと俺に声を掛けなかったのか、そのことがどうしても腑に落ちなくて、変な感じがしてさ。俺の全力疾走に軽々とついてくる身体能力がありながら、なぜかサーシャはそれをしなかった。」
「……ああ、そういえば、あの時の土王は、タケルさんのことを後ろから心配そうに見ているだけだったかも。」
リックの背中に隠れ、ずっと静かに俺の話を聞いていたドロシーが、ひょっこりと姿を現して言った。
「恐らくだけど、サーシャは俺がトンネルのある部屋を探しているなんて、考えてすらいなかったんだと思う。だけど、普通あり得るか?サーシャが密輸の犯人だとして、俺がその部屋を探しているって発想を持たないなんて。」
「……つまりタケルさん、土王にとってトンネルは、そんなに隠すほどの重要なものではなかったってことですか?」
リックは俺の目を真っすぐ見て真剣な表情で尋ねた。
「俺はそう思う。サーシャは東側の仲間に食糧を送ることや、東側でしか採れない薬草やお茶の葉を仕入れるためにトンネルを使っていると言っていた。それが本当だからこそ、隠すという発想もないし、俺がその部屋を探しているとも思わなかったんだ。」
「確かにその話からすれば、土王が魔人薬に関わっていないと考える方が普通か。……いやしかし、タケルに見つかっても問題ないと考えるほどの豪胆さが土王に備わっている可能性も……いや、そもそもトンネルが見つかってしまえば、本末転倒。知らぬ存ぜぬでも押し通せる立場のはず……」
俺の言葉を聞いたヴィクターは、眉間を手で押さえながら独り言のようにつぶやいた。
ヴィクターは俺の推理を聞いて、何かを迷い始めているようにも見えた。
「……今話したことに何も証拠なんてない。全部妄想みたいな話だ。」
「だけど、たった今ユリウス率いる庭園の部隊によって神殿が、サーシャたちが包囲されていることは事実なんだ。頼む、ヴィクター!俺に力を貸してくれ!サーシャたちを助けたいんだ!」
俺は話し終えると、ヴィクターに向かって深く頭を下げた。
返事はすぐに返ってこなかったが、それでも俺はヴィクターを信じて頭を下げ続けた。
「……分かったよ、タケル。頼むから頭を上げてくれ。……おい、ちょっと部屋に入って来てくれないか?」
俺が頭を上げると、ヴィクターは部屋の外に向かって声を掛けていた。
すると、すぐに部屋の中に一人の兵士が入ってきた。
「はっ!殿下、お呼びでしょうか!?」
「今すぐ小隊を三部隊編成して、聖地バリナ近辺に向かわせてくれ。そこにいる武装集団を無力化するんだ。……抵抗するようなら武力を行使しても構わない。」
ヴィクターの命令に俺は衝撃を受けたが、兵士は顔色一つ変えず、胸に手を当てて敬礼し、部屋から出ていった。
「おい、ヴィクター?そんなことして大丈夫なのか?」
自分からヴィクターに願ったことであるが、予想以上の動きに俺は動揺しながら尋ねた。
「……これを見てくれ。」
ヴィクターは机の上にあった一枚の書類を俺に手渡した。
「これは……」
それは契約書のようなもので、そこには”巡礼都市マルメトにおける治安維持のための業務委託契約”と書かれていた。
「僕たちカーレイド軍は、この都市の議会から要請され、治安維持活動を行っているんだ。魔人薬の捜査を行うのに、行政の業務を請けておくのは、都合の良いことだったからね。」
「つまり、カーレイド軍は一時的にではあるが、マルメトの所属ということになっている。そのような軍に攻撃すれば、カーレイドだけでなく、マルメトをも敵に回すってことになるんだ。……あの頭の良いユリウス神父が、そんな“バカな真似”をするとは思えないけど。」
ヴィクターはそう言いながら、珍しく悪い笑みを浮かべた。
「ヴィクター……」
「教会は”裏”で動くことが得意みたいだが、だったらこちらは”表”から動くだけのこと。表と裏、どちらが強いか見せてやろうじゃないか!」
ヴィクターはそう言いながら、眩しいくらいの笑顔を俺に見せた。
俺は「ヴィクターを信じて良かった」と心の底から思った。




