第32話
日が沈み、夜になろうとしていたマルメトの街を俺は走り抜け、目的の場所に到着した。
先日、屋敷の管理人から大雑把な位置を聞いていただけだったので、何度も道に迷ってしまったが、どうにか辿り着けたようだ。
目の前には、どこかの貴族が滞在していそうな格式の高い屋敷があった。
ここは、現在、魔人薬の捜査を行うための本部が置かれた場所だ。
そして、この場所に俺が会わなくてはならない人物、“ヴィクター”がいるはずだった。
「お~い、タケルさん!」
後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので、振り返ると、リックとドロシーがこちらに手を振りながら近づいてきていた。
「……何でお前らがここに?」
俺はなぜかこの場にいる二人に愕然とした。
俺はここまで全力で駆けてきたにも拘わらず、二人が俺とほぼ同時到着である理由がさっぱり分からなかった。
「ふう、やっと追いついた。……タケルさんの向かった方向から目的地に”当たり”をつけたんですよ。それで後は裏道を使ってここまで着たってわけです。」
「……タケルさん……知らない土地にきたら地理の把握は基本……だと思います。」
そう答えるリックの表情は少し誇らしげで、ドロシーも僅かに口角が上がっているように見えた。
そのような二人に、いろいろと言ってやりたいことがいくつも浮かんできたが、俺はそれを頭の片隅に置いておくことにした。ともかく今は、ヴィクターに会わなければならなかった。
俺はゆっくりと歩き出し、屋敷の入り口へ向かった。
……
入り口のところにいた兵士に「ヴィクターに会いに来た」と話すと、兵士はヴィクターに確認を取りに行ってくれた。
数分もしないうちに兵士は戻ってきて、俺に中へと入るように促した。
屋敷に入ると俺は大広間に向かった。ヴィクターはそこにいると入り口の兵士から聞いていた。
大広間に繋がる扉を開けると、そこは会議室のような間取りになっていた。いくつもの書類が山積みになっていて、何人もの兵士が目の下を真っ黒にしながら、書類に目を通しているところだった。
そのような部屋の中央の席に、ヴィクターはいた。
「ああ、タケル。すまないね、こんな状況で。それで話って……うん?後ろの二人は誰だい?」
ヴィクターは不審そうな目をして、俺の後ろを見た。
「ああ、これはどうも……殿下。」
リックは俺の背後で体を縮こまらせながら小声で言った。ドロシーも無表情のまま、慌てるようにして俺の後ろに隠れた。
(……こいつら、何で一緒に入ってきてんだよ!?話がややこしくなる!)
俺は、二人の姿ができるだけヴィクターの視界に入らないような位置にそっと移動しながら、話の本題を切り出した。
「後ろの二人は後で紹介する。でも、それより今は緊急の話がある。……”魔人薬”のことだ。」
俺が魔人薬という言葉を口にすると、部屋にいた全員が俺に注目した。
明らかに空気が張り詰めたものになった。
「……分かった、聞こう。みんな、忙しいところ申し訳ないが、少し席を外してくれ。」
ヴィクターの言葉を合図に、部屋にいた兵士たちはすぐに退室した。
「手短に話す。今、聖地バリナが危ないんだ……」
……
俺は順を追って、ヴィクターに説明した。
サーシャというエルフ族の女性と出会ったこと。そのサーシャが土王アレクサンドラだったこと。神殿には大陸東側に通じるトンネルがあること。さらに教会がその事実を知って、現在神殿を包囲しようとしていること……
この数日で見聞きしたことを、何も隠さずに全て話した。
俺の話を聞きながら、ヴィクターは手を口に当て、何かを考えるようにしていた。その間、一言も言葉を口にすることはなかった。
そして、俺が話し終え、しばらくして、ヴィクターは突然立ち上がったかと思うと、軽く深呼吸をした。
「……話は分かった。だけど、タケルの話を聞く限り、神殿のトンネルを使って、魔人薬の密輸を行っていたのは、土王アレクサンドラということになるのでは?」
「いや、サーシャは犯人じゃない。」
俺はヴィクターの疑問に対し、はっきりと答えた。
「どういうことですか、タケルさん?」
思いがけない話だったのか、リックは驚いた顔を俺に向けた。
「……タケル、その様子じゃ、もう犯人の目星はついているんだね?」
ヴィクターも鋭い目を俺に向けて尋ねた。
俺はそれに答える前に一呼吸置き、心を落ち着かせた。この推理をヴィクターに話してしまえば、もう後戻りはできない。覚悟を決めるしかなかった。
「……犯人は二人。一人はサーシャの世話係の”ロズリーヌ”、そしてもう一人は、その交際相手の商人”ニール”だ。」




