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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
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第30話

「……うっ、ここは?」


朦朧とする気分の中、俺はふと目を覚ました。


意識を覚醒させながら、周りを見回すと、そこは薄暗い部屋だということが分かった。部屋の奥に小さな机と椅子があるだけで他には何もない。


(どこだ、ここ?……!)


ぼんやりと記憶を辿りながら、俺は自分に起こっている異常な事態に気がついた。


体が紐のようなもので完全に拘束され、椅子に縛りつけられた状態で座らされていた。


しかも、ただの紐ではない。鉄のような見た目で、今まで見たことがないものだった。


「……もう起きたのか。……ふん、腐っても勇者と言ったところか。」


俺の背後が一瞬だけ明るくなったかと思うと、一人の男が部屋に入ってきた。


「ユリウス!お前!」


俺は首だけ振り向きながらユリウスを強く睨みつけた。


先ほどまでの記憶が完全に戻った。俺は突然、ユリウスと庭園に囲まれて、魔法で拘束されたあげく、何かを体に打たれた。


(……でもなんで俺に毒が?)


「なぜ睡眠の毒が効いたのか分からないといった顔をしているな。」


ユリウスは俺の正面に立つと、冷たく笑いながら楽しそうに言った。


「貴様が城の薬師の女と組んで、あらゆる毒の耐性を身に付けていたことはこちらも把握している。しかし、先ほど貴様に打った毒は教会の一部関係者のみに伝わる秘伝の毒だ。毒に精通しているあの女といえども、これは知らなかったのだろう。」


「ただ、普通であれば一日以上は寝たきりのはず。それを半時も経たずに目覚めてしまうとは……次はもう、この毒は貴様に効かんだろうな。」


ユリウスは俺に使ったと思われる注射器のようなものを懐から取り出し、その場に投げ捨てて、つまらなそうな顔をした。


「……」


俺はユリウスが話をしている間、体全体に力を込めて、体を拘束している鉄の紐を切ろうと試みていた。しかし、どんなに力を入れてもビクともしなかった。


「ああ、言い忘れていたが、その紐は重罪人を拘束する魔法具だ。いくら貴様でも、それは破壊できん。無駄な努力は止めておくことだ。」


ユリウスは俺の心を見透かしたかのように言った。


(……思った以上に状況が悪い。早くここを抜け出して一秒でも速く”神殿”に戻らなきゃいけないっていうのに!)


俺は焦るばかりで、この状況を打開するための方法が何一つ浮かんでこなかった。


「では、そろそろ本題といこう。もう一度貴様に尋ねる。聖地の連中は魔人薬にどう関わっている?」


「……」


俺はユリウスに何も答えなかった。


「……あの神殿には本当に東側に通じるトンネルはあるのか?そのトンネルを使って土王は魔人薬を仕入れているのか?……正直に答えろ!」


何も言わない俺に怒りが湧いてきたのか、次第にユリウスは強い口調で詰問し始めた。


「……知らない。俺は何も知らないんだ。」


俺はユリウスから顔を背け、嘘をつき続けた。


俺の推理が正しければ、実際にサーシャは魔人薬にいっさい関わっていないはずだ。だが、ここで俺がトンネルの存在をユリウスに話せば、教会はサーシャを黒幕とみなし、直接的な行動に移るかもしれない。


ここで何をされたとしても、俺は真実をユリウスに話さないと心に決めた。


「……まったく、今の貴様はまるで拗ねた子どものようだ。これでは埒が明かない。」


「本来であれば、ここから貴様にあらゆる拷問を行い、口を割らせるところであるが、今の貴様を痛めつけられるほどの力を持った者はここにはいない。それに傷つけられたとしても、貴様は光魔法で回復してしまうだろう……それでは時間の無駄だ。」


そこまで話すと、ユリウスは再び懐から新しい注射器を取り出した。


「また毒かよ……」


次は何をしてくるのかと少し恐怖が芽生え始めていたが、それを見て俺は安心した。


(致死性の高い大抵の毒は克服しているし、そうでない毒も俺には大して効かない。こんなこと、何回やったって無駄だ。)


「……毒か。確かにこれは”毒”と言っても差し支えないだろう。使った人間に最高の幻覚を見せ、気分を高揚させる、夢のような”毒”だ。」


注射針を向けて近づいてくるユリウスに対し、俺は悪い予感を覚えた。


「おい、まさかそれって?」


ユリウスが俺に打とうとしているものの正体に気がついた。


「……さすがに察したか。そう、これは”魔人薬”だよ。この薬、気分を高揚させるだけではなく、判断力も低下させるものらしくてな。いくら貴様が確固たる意志で沈黙を貫き続けようが、この薬を打たれ続ければ、どうなることやら……」


ユリウスは俺を見下しながら笑みを浮かべて言った。


「……おい待て!それって副作用で人格もおかしくなるって薬だろ!?そんなもの俺に打とうって言うのか!」


俺は激しく狼狽しながら、ユリウスに向かって強く叫んだ。


「貴様がここで全てを話せば、何もしない。解放もしてやろう。」


「……」


ユリウスの最後の通告だったのだろう。それでも俺は何も言葉を発しなかった。


「残念だ。こんなことで異世界の勇者が廃人になってしまうとはな。」


ユリウスは迷う様子もなく、俺の首元に針を近づけ始めた。


「……そうだ!俺がここでおかしくなってしまったら、誰が魔王を倒すっていうんだ!?頼む!あんたの言うこと、俺にできることなら何でも聞くから!」


一縷の望みにかけ、俺はユリウスと交渉することにした。


この際、ユリウスの条件を全部聞いて、魔王討伐の旅に出たって構わなかった。それでこの状況から逃れられるなら……


「……ふん、薬で使い物にならなくなる勇者であれば、そこまでの話だったというだけのこと。そもそも、その程度の人間では、魔王を倒すことなど叶わんだろうしな。」


懇願するような俺の言葉を聞いてもなお、ユリウスは手を止めることはなかった。


「おい、ふざけんなよ!止めろ!……止めてくれ!」


俺は全力で叫んだ。それが無駄だと分かっていても叫ぶしかなかった。


針が首に刺さろうとしていた。ユリウスの力加減次第で、すぐにでも俺の体に魔人薬が入ってくる、そんな瞬間だった。


「失礼しまーす!ユリウス様、緊急の報告があります!」


覚えのある男の声が聞こえたかと思うと、突然、二人の人物が部屋に入ってきた。


それはリックとドロシーだった。

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