第29話
「……ふん。」
ユリウスは先日と変わらず、不機嫌そうな顔をしていた。
襲撃者たちは姿を現したユリウスを守るように、その周りを固めた。
「おい、ユリウス!今はあんたと”襲撃ごっこ”している暇はないんだ!さっさとこの場から消えてくれ!」
焦りと苛立ちから、俺はユリウスに対し、思わず声を荒らげてしまった。
「相変わらず口の減らない子どもだ。……今日は貴様に用があってここに来た。」
ユリウスは冷たい目で俺を睨みながら言った。
「悪いが俺はあんたに用なんてない。……じゃあ、俺は急ぐから。」
俺がその場を立ち去ろうとすると、突然、襲撃者たちが俺に向かって武器を構えた。
「……子どもよ、話はちゃんと聞くものだ。「用があるのはこちらだ」と言っている。」
ユリウスは高圧的な口調で俺に言った。
(……俺を囲んでいる連中、ただ者じゃない気がする。)
俺に武器を向けているにも拘わらず、まったくと言って良いほど殺意が感じられなかった。
それだけではない、意識しなければ、彼ら自身の存在すら感じ取れなくなりそうだ。
恐らくこれが”庭園”と呼ばれる、教会の諜報機関の実動部隊なのだろう。
「……わかった、用件を聞くよ。さっさと話せ。」
俺は諦めてユリウスの話を聞くことにした。庭園と戦うより話を聞いた方が早いと判断したからだ。
「……では聞かせてもらう。貴様はここ数日、聖地に入り浸っているようだが、まさか何も掴んでいないということはあるまい?」
「……なんの話だ?」
俺がユリウスに尋ねると、ユリウスは小さくため息をついた。
「時間がないと言ったのは貴様の方だろう?とぼけるのは止めたらどうだ?……聖地の連中と”魔人薬”の繋がり、貴様は何か知ったはずだ。それについてさっさと話せ。」
ユリウスはそう言いながら、表情をより険悪なものへと変化させた。
(確かに分かったことはあるけど……)
俺はユリウスの言葉に内心動揺しながらも、それを表情に出さないように心掛けた。
「……何の話をしているんだ?魔人薬?それとサーシャたちがどう関わるって言うんだよ?」
そして俺は、何も知らないふりをして、この場をやり過ごすことにした。
「……ふっ、腹芸すらできないのか貴様は。嘘が下手過ぎる。」
ユリウスは俺を嘲るように嫌な笑みを浮かべた。
「何を言われようが、俺の答えは一つだ。何も知らない。」
ユリウスの挑発に乗ることなく、俺は冷静に答えた。
すると、ユリウスは手を口に当て、何かを考え始めた。
そしてすぐに「はあ」と再びため息をつき、俺に向かって右手を向けた。
「乱暴な方法はあまり好きではないのだが……仕方ない、貴様がそういう態度を取るなら、やり方を変えよう……”ライトリング”!」
ユリウスが聞き慣れない単語を口にしたかと思うと、俺の足もとに細長い光が飛んできた。
速すぎて避けられなかった。そしてその光は俺の両足を束縛するような“輪っか”となった。
「なっ!……くっ!」
俺は驚きの声を上げると同時に体勢を崩し、そのまま前に倒れ、顔面を強く地面に打ちつけた。
(……痛っ!なんだ今の?”ライトリング”なんて魔法、聞いたことないぞ!?)
俺は痛みと混乱で頭が真っ白になっていた。
「……無様なものだな、異世界の勇者よ。これで少しは素直に話す気になったか?」
気が付くとユリウスは俺の目の前で屈みこみ、倒れた俺を見下ろしていた。
(……こいつ!俺と同じ光系統の魔法を使うのか!それにもしかして、さっきのは魔法の形を変えたのか?……いや、今はそれどころじゃない!)
俺は心を落ち着かせながら、両足に思いっきり力を込めた。
「やれやれ、この魔法を破壊しようとするか。力だけは勇者としての素質があるみたいだな……おい。」
ユリウスは隣に控えていた庭園の一人に声を掛けると、庭園は懐から注射針のようなものを取り出し、俺に近づいてきた。
(……何をする気だ!?……痛っ!)
俺の首に突然、注射針が刺された。しかも何かを注入されている。
(大丈夫だ……大抵の毒は俺には効かない。さっさとこの輪を……あれ、意識が……?)
急に力が入らなくなっていき、次第に体も痺れてきた。
気がつけば、俺は完全に意識を失っていた。




