第28話
夕方になり、サーシャと別れ、俺は神殿を後にした。
ドロシーはいつの間にか帰ってしまっていたみたいだ。相変わらず何を考えているのか分からない奴だと俺は思った。
(……それにしても。)
俺の中に残っていた違和感は、今になって大きくなっていた。
サーシャと話した直後は、推理が外れて安堵した思いが強く、この違和感を無視していた。しかし、どうしても俺の中で納得できていないことが、サーシャと別れてから明確になってきていた。
違和感の正体は残された疑問だった。それはサーシャたち聖地バリナが無関係だとすれば、魔人薬はどうやって東側から西側に流通したのか。そのことが、結局分からないままだった。
俺は一度、魔人薬について今分かっていることを、頭の中で整理してみることにした。
まず、魔人薬は使われている材料からも東側で作られたものと考えられる。また、東側から西側にモノが入ってくる時は、必ず商業都市エゼムか、ここ巡礼都市マルメトを経由し、各都市や国に流通していくとのことだ。
これらのことから、東側から入ってきた魔人薬が西側で最初に集まる場所、いわば、西側における流通元はこの二都市と見て間違いないはずだ。だが、エゼムはすでに流通元ではないと判断されていて、今のところ、マルメトでも、その痕跡は見つかっていない。
そのマルメト内で唯一怪しい場所とされているのは、サーシャたちがいる聖地バリナだ。少なくとも教会はそう考えていて、実際には秘密のトンネルも存在した。
しかし、トンネルを使用し、魔人薬を持ち込んだのかと思えば、神殿から出ていく積荷がいっさい目撃されていない。神殿から何も持ち出されていないのであれば、魔人薬を神殿に持ち込めても、外に運び出し、西側諸国に流通させるのは不可能だった。
これらの情報が全て正しいとすれば、辻褄が合わなくなる。いずれかの情報が嘘でなければ、魔人薬の流通が成立しないはずだ。
(……嘘か。)
個人的な思いが強いが、サーシャのことは信じたかった。俺の目を真っ直ぐ見て話すサーシャの姿に、噓偽りがあるとは思いたくなかった。
それであれば、嘘をついているのはリックの方か……リックとまともに会話するようになったのはここ数日の話だが、何となくリックは口調が軽くても、人を騙すような人間ではないような気がした。
根拠はないが、二人とも嘘はついていないと思う。だが、それでは魔人薬の流通の謎が解けない。
(……マルメトは流通元じゃないのか?)
ここではないエゼムの方が本当の流通元だったという可能性はあるのだろうか。
その可能性は低いはずだ。エゼムの商業ギルド、冒険者ギルドの調査力がどれほどのものか分からないが、第三者である教会もエゼムを無関係とみなしていた。
恐らく、教会だけではない。ヴィクターは何も言わなかったが、初めから流通元をマルメトに限定していた。あのヴィクターがエゼムをあえて無視するとは考えられず、何かしら調査した上で、カーレイド側もエゼムを”シロ”と判断したのだろう。
カーレイド王国と教会、関係の良くない両者がどちらもエゼムを流通元ではないと考えた時点で、やはり残されたマルメトが流通元と見るのが妥当だと思った。
(……しかし、そうなるとやっぱり分からないなあ。)
俺は歩きながら自分の髪をくしゃくしゃと掻いた。そんなことをしていると、もう一つ違和感があったことを思い出した。
その違和感は何とも言語化しにくいものであった。そう、確か午前中に神殿に向かう途中で、ドロシーが……
この出来事自体は、何でもないようなことだったはずだ。ただ、トンネル前でサーシャと話している時になぜか、そのことが急に引っかかった。
喉の奥に刺さった魚の骨が取れないような、そんな落ち着かない気持ちの中、ふと、サーシャの話の一部を思い出した。
(そういえば、サーシャの話じゃ、トンネルを作ったのは”土竜族”とかいう種族だったっけ……)
ぼんやりとその話を頭の中で反芻していたその瞬間、俺の中に電流が流れたかのような衝撃が走った。
“ある方法”を俺は閃いた。
(この方法なら西側に魔人薬を持ち込んで、流通させることもできるかもしれない!でも、それを実行できる人って限られるよな……そもそも、うまく持ち込んだところで、いったいどうやって、それを……)
自分の閃きに俺は驚きと興奮を隠せなかったが、新たな疑問を見つけ、俺はその答えが分からず、首を捻りながら考え始めた。
しかし、思考の最中、先ほどまであった違和感が、その疑問に結びついていくかのような感覚を覚えた。
「そうか……そういうことか。」
俺の中にある全ての違和感が一つの答えに繋がった。
魔人薬を東側から仕入れ、西側に流通させた方法と、“その犯人”が分かった。
心臓の鼓動が強く、速くなっていくのを、俺は嫌でも感じないわけにはいかなかった。
(……だめだ、落ち着け。まだ何も証拠がない。まずは当人から話を聞かないと。)
また的外れな推理の可能性だってあった。むしろ個人的にはそうであってほしかった。
俺は犯人の元に急いで向かうことにした。
「……!」
その時だった。周囲から俺を監視するような強い視線をいくつも感じた。
さらに、視線の正体が俺に向かって徐々に近づいてきているのが分かった。
(……ちっ!こんな時に!)
俺は剣を抜いて、襲撃に備えた。
しかし、周囲にいる者たちは俺を取り囲むようにしているだけで、誰も攻撃を仕掛けようとする気配がなかった。
じりじりと距離を詰められていく中、俺は警戒を緩めず剣を構え続けた。
突然、襲撃者たちは正体を見せた。あまり目立たないような服に印象の残らない顔、意識しなければ周囲に溶け込んでしまって認識できないような人間が数多く現れた。
そしてその中心には、彼らとは真逆の、一度見たら忘れそうにない美形の男がいた。
「……またあんたか。」
俺はその顔を見て、苦虫を嚙み潰したような気分になった。
神父服を着たユリウスが、再び俺の目の前に姿を現した。




