第27話
「このトンネルはね、かつて仲間たちが集まるためのものだったんだ。」
どこまで続いているのかも分からない薄暗いトンネルを見つめながら、サーシャは話し始めた。
「昔、大陸の南にある”旧関所”、あれがまだ関所として機能していた時は、東側に住む亜人族がバリナまで来ることが大変でね。それで私は森の仲間と協力して、ゴーレム山脈にトンネルを作ることにしたの。」
「”土竜族”っていう穴掘りの得意な種族が森にいて、彼らに協力してもらってトンネル作りを進めたんだ。でも最初は大変だったんだよ。トンネルの奥の方に行くとめまいが酷くなって、動けなくなる人が多くて、途中で地上と繋がるいくつかの穴を作ることでそれも解消されたんだけどね。」
サーシャの言葉には、当時を知らない俺ですら、そのことが懐かしくなるような、不思議な感覚があった。
「トンネルが完成して多くの亜人族が神殿に来られるようになった。あの時は楽しかったなあ。人族も亜人族も関係なく、食べて飲んで騒いで、そして同じ神様に祈って……」
「でも時は流れて、人族と亜人族の溝が取り返しのつかないものになって、戦争も激しくなった。ここもアウストリア派に取られちゃってね。……それで私は仲間が集まるためのトンネルを自分たちの戦争に利用したんだ。」
話をするサーシャが、一瞬だけ辛く悲しそうな表情を見せたように思えた。
「後は前に話したとおり、人族との戦争になんとか勝ってここを守ることができた。タケル、私たちが聖地を手に入れられたのは、このトンネルのおかげなの。」
サーシャが土王アレクサンドラとしてアウストリア派を追い出し、聖地を手に入れた真実は分かった。だが、俺が知りたいのは昔のことではなく、現在ここで起きていることだ。
「今でもこのトンネルを使っているのか?」
俺は核心に触れる質問をサーシャにした。
「……うん、そうだよ。今もこのトンネルを使ってる。」
サーシャは俺の方を向いて優しく言った。
この先の言葉を俺は聞きたくなかった。だけどもう逃げないと心に決めていた。
「この地に住むようになって長いけど、本当は私って、大陸東側にある広大な森、”獣人の森”の支配者でもあるんだ。」
「そこに住む人たちは全員亜人族で、森にあるものだけで生活しているんだけど、近年東側は寒冷化で食糧が足りなくて、本当に危険な状態なの。」
大陸東側の食糧問題は何度も耳にしてきた話だったが、当事者からその話を聞いたことで、俺が考えていた以上に、より深刻な問題なのだと分かった。
「私はその森の支配者として、土王アレクサンドラとして……ううん、サーシャ個人としても、彼らのことを助けたいと思ってる。だからこのトンネルを使って、多くの食糧を運んでるの。」
「……その食糧って、かなりの量なんだろ?それを買うための金はどっから出てきているんだ?」
俺はサーシャから目を離すことなく、さらに質問を重ねた。
「原典派シデクス教って、今じゃ少数派になっちゃったけど、それでも世界中に信仰してくれている人が多くてね、その中には商売で財を成した人もいて、そういう人たちが寄付をしてくれているんだよ。」
「その寄付から食糧を買っているの。それでお金はほとんどなくなっちゃうけどね。ここに住むみんなには、そのせいで苦労させてるって思ってる。だけど私には、森に住む亜人族を見捨てることなんて絶対にできない!」
サーシャも俺から目を離さず、力強い口調で答えた。
今の言葉に嘘はないように思えた。しかし、そうだとしても、俺は確認しなければならなかった。
「本当に寄付金だけで食糧を買っているんだな?魔人薬を仕入れて売ったりしてないって思って良いんだよな?」
俺の言葉にサーシャは目を見開いた。
「……私の信じる神様に誓う。いくら森の仲間を助けるためでも、人に迷惑をかけるようなこと、絶対にしない。これからだってするつもりはないから。」
一瞬の沈黙の後、サーシャは真剣な表情で俺にはっきりと答えた。
「確かに東側からモノを持ち込むことはあるよ。でもそれは、こっちじゃ手に入らない薬草だったり、お茶の葉とかだけ。入ってきたものは全部ロズリーヌが帳簿につけて管理しているし、最終的には私も中身を確認してる。」
「だから魔人薬みたいな危ないものが入ってきたらすぐに分かるし、それを人族に売るなんてもってのほか!絶対にそんなことをしないよ!」
サーシャはそこまで話すと俺に背を向けてしまった。
その背中が少しだけ震えているように見えた。
「……ごめん、サーシャ。俺はお前を魔人薬のことで疑ってた。信じることができなかった。」
サーシャの背中に向かって、俺は俯きながら、謝罪の言葉を口にした。
始めからサーシャは、俺に嘘をつくつもりなど全くなかった。それは先日、サーシャが自分の正体が土王アレクサンドラであることを打ち明けてくれた時も同じだった。
サーシャに嘘なんてないことを俺は知っていたはずだ。それなのに俺は、疑う気持ちばかり強くなって、サーシャを傷つけてしまった。
「違うの、タケル。謝らなきゃいけないのは私の方なの。」
振り向くことなくサーシャは言った。
「タケルに隠し事をするなって言っておいて、私自身は隠し事ばっかり。……最低だよね。」
「でもね、本当にこれで隠していることなんて、もう一つもないから。それだけは信じて、タケル。」
サーシャは話し終えると、俺の方に振り向いた。その顔はいつもの明るい笑顔だったが、どこか悲しげで、目には涙を潤ませていた。
……
「本当にごめん、サーシャ。」
向かいに座っているサーシャに対し、もう一度俺は謝った。
サーシャの部屋に戻ってきた俺たちは、ソファに座りながら紅茶を飲んでいた。
今となっては東側でしか採れない紅茶の葉の仕入れ方法も分かった。トンネルを使えば、東側のモノを容易に運ぶことができるためだろう。
「もう、本当にタケルは疑り深いなあ。今度から何か思ったことがあったらちゃんと言って!私に答えられることなら何でも答えるから。」
サーシャは少し怒っているようにも見えるが、いつも以上に機嫌が良さそうにも見えた。
何となく俺たちの間の距離が以前より縮まった気がした。俺もサーシャも隠し事がなくなったことで心の重荷がなくなったからかもしれない。
「あ、そうそう!タケルの推理を聞いた時に思ったんだけど、その推理、致命的な穴があるよね?」
「え、どこに?」
正確には俺のではなく、”リックの推理”なのだが、訂正せずに話の続きを促した。
「仮にトンネルを使って大量の魔人薬を仕入れたとしても、それを西側の国に持っていく際、どうしてもこの神殿から積荷が出ていくでしょう?」
「まあ、そうなるよな?……あ。」
俺はサーシャの言葉を聞きながらその穴に気づくことができた。
「リックの手に入れた情報だと、神殿に入っていく積荷はあっても、出ていくモノはなかったはずだ。確かにこれじゃあ、魔人薬を運び出すことができない。」
「そう、その通り!私たちも東側から持ち込むものは、この神殿で使うものに限るし、何も外には売ったりしていないから、そもそも、その推理は最初から的外れだったんだよ!さっき私が言った、“半分当たり”というのはトンネルのことで、“半分ハズレ”というのはその推理のことだったの!」
サーシャは悪戯っぽく笑みを浮かべながら、楽しそうに言った。
(……なんだよリックのやつ、あんな自信たっぷり話しておいて。)
俺は心の中でリックに八つ当たりしつつ、恥ずかしさで顔を両手に埋めた。
(まったく、今までの俺の葛藤はなんだったんだよ。結局、サーシャたちは魔人薬に関係なかったじゃないか。)
俺は安心したためか、急によく分からない疲れが押し寄せてくるような感覚を覚えた。
そして再び紅茶の入ったカップに口をつけながら、推理が外れてくれたことに安堵する気持ちに浸った。
……しかし、それでも、何とも言えない僅かな違和感だけは拭いきれず、俺の中に残ったままだった。




