第23話
翌日、俺は屋敷で一人朝食を取っていた。
結局、昨日はリックと話をして以降、ずっとうわの空で、日が暮れるとともに神殿を後にしただけであった。
サーシャに魔人薬のことを尋ねる勇気もなく、こっそりと神殿内を調べることでサーシャを裏切ることもできなかった。
(今日もどうせ冒険者たちは来ないよな……)
朝食を食べ終わるとともに、俺は今日も神殿に向かうため、外に出る準備を始めた。
念のため、俺は冒険者たちが現れた時に備え、「この屋敷で待っていてほしい」という伝言を管理人に託し、屋敷を後にした。
……
「今日はドロシーだけか……」
外に出ると、ドロシーが一人で俺を待っていた。
「……リックは……その、他の仕事がある……です、はい。なので、今日は私一人です。」
ドロシーはたどたどしく俺に言った。
昨日の二人を見る限り、基本的にリックが喋っていて、ドロシーはあまり口を利いていなかった。
「まあいいや、俺は勝手に神殿に行くから。」
俺はドロシーの返事を待つことなく歩き始め、ドロシーも何も言わずに俺の後ろに続いた。
……
街の中を俺たち二人は無言で進んだ。
何とも言えない気まずい雰囲気が俺たちの中で漂っていた。正直何を話していいのかも分からなかった。
「……今日も良い天気……ですね。」
ドロシーもこの空気を察したのか、急に天気の話をし始めた。
「ああ、そうだな。巡礼都市は晴れの日が多いそうだ。やっぱり、大陸の中央ともなると、雨が降ることも少ないんかな?」
「……」
ドロシーの話題に乗って俺は答えたが、ドロシーからは何も返ってこなかった。
(……ああ、まさかリックの存在を有り難く思う日が来るとは。)
リックとは言い合いばかりだったような気もしたが、今のこのドロシーと二人きりよりは遥かにましだった。
「……この辺りの露店の料理、美味しかった……と思いました。」
ドロシーがまた急な話題を振ってきた。
「……そうなのか?俺はここに来た初日に変な魚食べたけど、何とも言えないマズさだったな。あれはハズレだったのかも。」
「……」
やはり、ドロシーとの会話は続きそうになかった。
「はあ……あのさ、無理に丁寧に話そうとしなくていいよ。年齢も近いんだろ?リックに話しかけるみたいに、俺にも話していいから。」
俺はドロシーに対し、気になっていたことを言った。どうもドロシーは丁寧に話そうとして、話しづらい空気を作り上げてしまっているような気がした。
「……でも、私はタケルさんの部下のようなもので。」
「タケルでいいよ。俺が良いって言っているんだから、別に気にしなくて良いと思うんだけど……まあ、無理強いはしないけどさ。」
ドロシーが俯きながら悩みだしてしまったので、俺はもうこの空気を改善するのを諦めることにした。
(……出会ってまだ数日だし、いきなり「タメ口で良いよ」って言われても困るのかもしれないな。じきに慣れてくるだろう。)
俺はそんなことを考えながらも、”じきに慣れる”とはなんだろうと疑問に思ってしまった。
リックとドロシー、この二人とともに魔王討伐の旅に出ることを、俺は現実のものとして考え始めてしまっているのだろうか。
「そういえば、リックは魔王討伐の旅についてくるって言ってたけど、ドロシーはそれで良いのか?」
俺はふと思ったことをドロシーに尋ねた。
「……ユリウス様がそうしろって言ったから。」
ドロシーは首を傾げながら答えた。その顔は何の疑問も抱いていないもののように見えた。
「いや、そういう意味じゃなくて、ドロシーの気持ちを訊いているんだよ。魔王みたいな化物と戦うなんて命の危険も伴うわけだし、そんなの嫌に決まっているだろ?」
「……気持ちって?」
ドロシーは本当によく分からないといった困った表情を見せた。
何だか嫌な予感がした俺は道の途中で立ち止まり、しっかりとドロシーの方を向いた。
「じゃあ、質問を変えるよ。俺と出会った時、ユリウスは俺がドロシーたちを殺さなかったことに不満を持っていたみたいだけど、ドロシーは自分が殺されるかもってことを知っていたのか?」
そして、出会った時からずっと引っかかっていたことをドロシーに尋ねた。
「……はい、タケルさんの本当の力が見たいからって。」
ドロシーは感情を表に出すことなく、淡々と答えた。
ドロシーと話しているうちに、俺の中に段々と怒りの感情が湧いてきていた。
「”死ね”って命令されたんだぞ!普通おかしいって思うだろ!?」
俺は感情を込めて、少し強い口調で言った。
「……それがユリウス様の命令であれば、特には……」
ドロシーの言葉とその表情に、俺はスッと怒りの感情が萎んでいくのを感じた。
ただ同時に、教会そしてユリウスに対する新しい怒りがこみ上げてきていた。
(身寄りのない子どもを自分たちの命令を聞く人形みたいに育てるなんて……やっぱり、あいつらは信用できない!)
神殿にいる亜人族の子どもたちは皆楽しそうに日々を過ごしていた。サーシャであれば、こんなこと絶対にしないはずだ。
「……タケルさん?」
俯いた俺に対し、ドロシーは声を掛けてきた。表情はいつも通りに見えるが、少しだけ心配そうにしているようにも見えた。
「……ごめん、なんでもない。」
俺は短く答え、再び歩き始めようとした。
「タケル様?それにドロシー様も?」
その時、目の前に現れた人物から声を掛けられた。
「……ロズリーヌさん?」
俺が顔を上げると、そこにはロズリーヌがいた。
そしてもう一人、ロズリーヌの隣に見知らぬ人物がいた。




