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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第五章
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第22話

「リック!お前、もしかしてサーシャを疑って……!」


気がつけば、俺はリックの胸倉を掴みながら、大きな声で詰問していた。


「……疑っていないって言ったら嘘になります。この神殿にどんな秘密があるにせよ、魔人薬と一切関わっていないとは思えませんので。」


リックは俺から視線を外すことなく、はっきりと答えた。


「……」


俺は何も言わずに、次第に冷静になりながら、ゆっくりとリックから手を放した。


「土王を疑っている理由は、何も流通の話だけではないんです。」


リックは乱れた服装を軽く正し、話を続けた。


「ここから怪しいものが出ていくといった情報はありませんが、代わりに大量の食糧が入っていくという情報は多く寄せられています。」


「食糧……?それは別に、ここの人たちが食べる分じゃないのか?」


リックの言葉の意図が分からず、俺は尋ねた。


「いいえ、とてもじゃないがここで暮らす人の分じゃ済まない量です。おおよそ数百人分の食糧が何度も運ばれてくる。……なぜ、そんな大量の食糧が必要なんでしょうか?」


「不審な点はそれだけじゃない。それだけの食糧にも拘わらず、この神殿にはそのようなものが一切見当たらない。食糧も同じようにどこかに消えてしまったと考えられます。」


リックの話に対し、俺は何も反論できなかった。


サーシャのことは疑いたくない。だが今の話が事実だとすれば、この神殿に何か秘密があるのは確実だった。


「俺の推理はこうです。」


リックは咳払いをしながら、再び話し始めた。


「恐らくこの神殿のどこかに、大陸中央を縦断するゴーレム山脈を越えるための大きなトンネルのようなものがあると考えられます。かつての土王の聖地攻略は、そのトンネルを使って成し遂げられたのでしょう。」


「そして現在は、魔人薬の密輸にそのトンネルを使っているんだと思います。魔人薬の代金の代わりとして、大量の食糧を東側に送っていると考えれば辻褄も合うでしょ?」


リックの推理は確かに筋が通っていた。仮にこの神殿のどこかに巨大なトンネルがあれば、突然西側に入ってきた魔人薬も、消えた食糧についても全て説明がついた。


そして、リックの推理から一つの答えが俺の頭に浮かんだ。


「もしそうだとすれば、魔人薬を作っている黒幕って……魔王か?」


「ええ、俺はそうだと考えています。」


俺の言葉に同意するようにリックは頷いた。


「大陸東側にある魔王領は慢性的に食糧不足に悩まされています。これを解消するため、今までは東側で採れる魔力を含んだ鉱石を輸出して、食糧を手に入れていました。」


「しかし今、それもうまくいかなくなってきているんだと思います。トランテ王国の”魔法石”の登場で、鉱石の需要は下がっていますからね。」


「そこで、魔王が新しく輸出品に考えたのが”魔人薬”です。鉱石の代わりにこれを輸出することで、食糧を手に入れようとしたのでしょう。……ただ、正規の流通方法ではすぐに取引が禁止されると踏んで、聖地バリナを経由した密輸を行うことにしたんではないでしょうか?」


リックの話を聞きながら俺は迷い始めていた。


先ほどまで、心からサーシャのことを信じていた。だが今は、サーシャと魔王の間にある黒い関係を否定するような気持ちを強く持てそうになかった。


「だけど……サーシャがそんなこと……」


俺は自分の考えを整理できないまま、苦し紛れにつぶやいた。


「……分かりました。タケルさんがまだ土王を疑うことをためらっているって言うなら、とっておきの情報をお教えします。これはカーレイド軍でも掴んでいないものです。」


リックはどこか迷っているような仕草を見せながらも、緊張した面持ちで言った。


「魔王軍の大物、”魔人将軍ヘレミアス”が、先日この神殿を訪れていたという情報が入ってきています。以前に比べ、だいぶ年老いてはいたようですが、その風貌はヘレミアス本人と見て間違いないものだったようです。」


「……ヘレミアス?」


リックの言葉に俺は首を捻った。どこかで聞いたような名前だったが、記憶を掘り起こしてみても思い出せそうになかった。


「タケルさん?あのヘレミアスを知らないんですか?彼は百年前の戦争で多くの人族の部隊を破った亜人族の英雄ですよ!」


リックは興奮した様子で俺に言った。


「俺も教会で育った手前、あまり表立って読むことはできなかったんですが、ヘレミアスの英雄譚について書かれた本は、人族の俺からしても素晴らしいもので、特に人族の軍に包囲される中、正々堂々、正面突破した”ミルソーン街道の戦い”は、まさにヘレミアスの名を世界に広めることとなり……おっと。」


リックは急に恥ずかしくなったのか、バツが悪そうに「失礼しました」と言って、話を止めた。


「ともかく、そんな魔王軍の英雄が突然この聖地にやってきたんです。停戦以降、ヘレミアスが西側の地を訪れたことなんて今までありませんでした。」


「ヘレミアスがこの地に現れたのと魔人薬の登場は、時期としてもほぼ同じです。これを偶然で片付けて、魔王軍は魔人薬と関係ないってする方が無理があると俺は思いますよ!」


魔王軍のヘレミアスがこの聖地に来たという話、俺にはそれが本当のことであるとすぐに分かった。


昨日、サーシャが言っていた”古い知り合い”とは、恐らくヘレミアスのことだろう。少なくとも、サーシャが魔王軍と接触していたことは否定できそうにもない。


「……だけど、リックの推理はあくまで推理じゃないか。何の証拠もない。」


俺は項垂れそうになるのを堪えながら、小さな声でリックに反論した。


「そうです、まだ証拠はありません。……本音を言えば、この推理はまったくの見当違いで、ここは魔人薬とは何の関係もないという結果になる方が、俺個人としては嬉しいです。俺だって、身寄りのない子どもの世話をしている土王が魔人薬の密輸をしているなんて思いたくないですから。」


リックは少しだけ悲しそうな顔をした。教会側の人間がそんなことを言うのは意外だったが、この神殿の子どもたちと同じように教会に育てられたリックにとって、サーシャに対する感情は、他の教会の人間とは異なるのかもしれない。


「しかし、だからこそ神殿を徹底的に調べる必要があるんです。タケルさんだって、このまま疑いの気持ちを持っていたくはないでしょ?土王のことを考えるなら、この神殿には何もないってことを証明してください!お願いします、タケルさん!」


リックは話し終えると、俺に向かって頭を深く下げた。


俺はもうリックに何も言い返せそうになかった。しかし、自分がどう動くべきかも全く見えないままだった。


サーシャを信じたいという気持ちと、疑ってしまう気持ちが複雑に絡み合っていくような、そんな感覚が俺の中に広がっていくのを感じた。


「……リック、もうそろそろ戻らないと。誰も戻ってこないから土王が不審がってる。」


背後から声がした。振り返るとドロシーがいて、表情には出さないが、どこか慌てた様子で落ち着きがないように見えた。


「……俺の話、ちゃんと考えておいてくださいね。」


そう言いながらリックは、俺の横を通り過ぎ、広場に戻っていった。

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