第8話
城が見えてからしばらくすると、馬車はメーテナの入り口となる正門前に到着した。出発した街からここまでは見渡す限りの草原があるだけで、人や馬車とすれ違うことはほとんどなかった。しかし、この正門前では多くの人で溢れていた。ヴィクターによれば、メーテナに入るためには通行書を見せるか、無い場合は通行料を支払わなければならないため、正門前は常に混み合っているとのことであった。
「ヴィクターは王子だから、手続き無しで通してもらうことができるんですよね?」
ヴィクターからの説明を聞いた俺は当然の事のように尋ねた。ヴィクターは王子としては傲慢どころか、気さくで腰が低い人物なのでむやみに権力を振りかざすことはしないだろうが、正門を権力で顔パスするくらいの特権はあってもいいと思っていた。
「いやあ、ははは・・・実はそうもいかなくてね。申し訳ないが、他の人たちと同じように正規のルートで正門を抜けよう。」
ヴィクターはいつもとは違うぎこちない笑みを浮かべて答えた。ヴィクターは真面目だからズルをしないだけなのか、それとも他に理由があって正規の方法でしか正門を通れないのかは俺には分からなかった。
・・・
やっと俺たちの馬車が正門を通過する順番が回ってきた時には、すでに数時間が経過していた。通行料は馬車の乗車代に既に含まれていたらしく、御者が必要な手続きを行ってくれた。そのため、特に面倒なことにはならず、問題無く正門を通過することができた。
「おお!」
正門を通過した俺は目の前の光景に思わず声が漏れた。
真っ先に目に入ったものは、天空にそびえ立つような白い石造りの巨大な城だった。見た目は中世ヨーロッパ風の城であり、この世界の権力や富を象徴しているように感じられ、さらに真っ直ぐに伸びる大通りは城まで続き、通りに沿って多くの建物が建てられていた。まさに王都と呼ぶにふさわしい場所だった。
「どうだい?我が国の城はすごいだろう!大きさはもちろん、要塞としても大陸で一番のものだと自負していてね!」
「すごい!こんなすごい城は初めて見ました!」
ヴィクターに対し俺は率直に感想言った。それを聞いたヴィクターは少し嬉しそうに見えた。
「それにしても羨ましいな。あんな城に一度は住んでみたいよ。」
「・・・そうか、言ってなかったけど、タケルにはしばらく城に滞在してもらうつもりだったんだ。だからその願いは叶えられそうだね。」
俺が何となく言った願望に対し、ヴィクターは答えた。
「え、いいんですか?でも他の王族の方や貴族の方も大勢いらっしゃるんですよね?俺みたいなのがいたら、不快な思いをする人もいると思うんですけど。」
「そんなことはないさ!君は勇者なのだから。もし君に嫌な思いをさせる人間がいるのなら僕が許さないよ!」
「別に直接危害を加えられるとかでなければ、多少のことは我慢できると思いますけど、まあ勇者待遇で城に居られるのであれば、そういった心配もなさそうですね。」
城に住むということに俺は少し不安を感じたが、勇者というこの世界の救世主という身分であれば、そこまで嫌な思いはしないだろう。しかし、それを聞いたヴィクターは表情を曇らせてしまった。
「えっと、もしかして勇者をあまり快く思わない人もいるんでしょうか?」
「いや、そんなことはない!勇者の存在はこの国の民にとって希望の存在だ!それを邪険にする人間などいるはずがない。ただ・・・」
ヴィクターはその先を言うことをためらっているように見えたが、俺は構わず尋ねた。
「ただ、何があるんですか?」
「・・・うん。まあいずれ話すことだからこの際話してしまうけど、タケル、本当に申し訳ない!君には勇者としてではなく、僕の新しい従者として城に入ってほしいんだ。」
ヴィクターの答えは俺にとって意外なものだった。なぜ勇者であることを隠す必要があるのだろうか。さきほどのヴィクターの話では勇者は全ての人にとって希望らしい。しかし勇者であることは言えない。俺はヴィクターの話に矛盾があることに気づくと同時に、まだこの世界について分からないことが多いということに気づかされた。
「それは、別に構わないですけど、勇者であることを隠す理由って何かあるんですか。」
「それを話す前に、まずは首尾よく城に入城したい。城には貴族や兵士、他にも外部の人間も少なからずいるからね。申し訳ないが、タケルには従者として口裏を合わせてほしい。話はそれからだ。」
ヴィクターはそこまで言ったところで、ちょうど馬車が目的地に到着した。しかし、まだ城まで少し距離があるように思えた。
「・・・僕たちは正門からは入らない。あまり目立ちたくないからね。だからここから少し市街を通って、兵士用の通用門に向かうよ。」
ヴィクターは俺の返事を待つことなく歩き始めた。
どうやらこの世界は勇者対魔王という単純な構造ではないということが、何も知らない俺であっても十分に察せられた。それと同時にこの世界に来たばかりの時のような不安が大きく俺の中にこみ上げた。




