第19話
「……どうしてお前らがここに?」
予想外のリックとドロシーの登場に、俺は思わずうろたえながら尋ねた。
「どうしてって、タルト買って来るように言ったのタケルさんじゃないですか?それでわざわざあんな行列に並んだっていうのに。」
リックは少し不貞腐れたような表情で言った。
「いや、そういう意味じゃなくて、なんでここに入って来てるんだよ!?」
「だって俺たち”友達”ですから!ロズリーヌさんだってそう言ったでしょ?」
「……」
抜け抜けと答えるリックに俺は呆然としてしまい、何も答えられなかった。
「……あの、タケル様?この方たちはお友達で良かったのですよね?私、てっきり……」
俺たちの雰囲気を察したのか、ロズリーヌが心配そうに俺たちをキョロキョロと見渡し始めた。
「ロズリーヌさん、こいつらが何を言ったか知りませんけど、友達なんかじゃないです。だからさっさとこいつらを外に……」
「ひどいな、タケルさん!俺はあなたを大切な”友達”だって思っていたんですよ。だからこそ、タケルさんの命令を聞いてまでタルトを買いに行ったのに……」
リックはそう言いながら、手で目のあたりを押さえ始めた。
「ちょっと、タケル!命令って何!?だめだよ、友達にそんなことさせちゃ!」
話を聞いていたサーシャが怒ったような表情で俺に言った。
「待て待て、何を言い出すんだよ。本当にこいつらは友達でもなんでも……」
俺は焦りながらサーシャをなだめようとしたが、サーシャはジッと俺を睨みつけるだけで、話を聞いてくれそうになかった。
どうやらサーシャは、リックの泣き真似に騙され、俺が悪者だと思っているみたいだ。
「……ああ、分かった。俺が悪かったよ。もうこいつらは友達でも何でもいいよ……ところで、タルト買ってきたんだろ?せっかくだし食べようぜ。」
俺はリックたちを追い出すことを諦め、話題を変えることにした。
もうここまで入られてしまったら、後はリックたちが余計なことをしないように見張ることぐらいしかできないだろう。
「……ごめんなさい、タケルさん。私たち頑張ったんだけど、タルト売り切れで買えなかった……です。」
ドロシーは相変わらずの無表情のまま、俺に言った。ただ、少しばかりか申し訳なさそうな表情に変化しているような気もした。
しかし、そんなドロシーの顔を見て、俺はすぐに真実に気がついた。
「……ドロシー、お前の口元にジャムみたいなものがついているけど。」
俺が疑いの視線を向けると、ドロシーはハッとした顔をしながらすぐに口元を手で覆った。
「……おい、リック説明しろ。」
聞かなくてももう全て分かっていたが、あえて俺はリックに尋ねた。
「いや、俺は本当にさっさと持ち帰り分だけ買ってここに来るつもりだったんですよ。だけどドロシーが、「……せっかく来たんだし、タルト食べていきたい」とか言い出して。」
「一品だけ食べてすぐに帰れば良かったんですが、ドロシーが別のケーキも注文し始めちゃって……気づいたら、タケルさんの言っていたフルーツタルト、もう売り切れてたんです。」
リックは「俺は悪くない」とでも言わんばかりの表情で答えた。
(何なんだ、こいつら……)
俺は開いた口が塞がらないまま何も言えなかった。
「ちょうど私もそのケーキ屋さんにおりまして、そこでリック様、ドロシー様と出会うきっかけになったのですよ。まさかタケル様のお友達だったとは……不思議なご縁です。」
俺たちの話を聞きながらロズリーヌが微笑み言った。
「……うん?ちょっと待って?ロズリーヌもあのお店に行ったってことは、もしかして、“あのフルーツタルト”食べたの?」
何かに気がついたのか、サーシャは真顔でロズリーヌに尋ねた。
「ええ、もちろん。今、街で話題のケーキですから。」
ロズリーヌはケーキの味を思い出しているのか幸せそうな顔をした。
「……ロズリーヌは私にタルト買ってきてくれたんだよね?」
「いいえ。私がお店を出る頃には、もう売り切れていましたので。」
あっけらかんと答えるロズリーヌに対し、サーシャも俺と同じように口を開いたまま言葉を失っていた。
フルーツタルトを食べた者とそうでない者、この両者の間に埋まらない溝のようなものができてしまった気がした。




