第17話
俺は露店で賑わうマルメトの大通りを歩いていた。初めてここを訪れた時と変わらず、あらゆる人種が店を開き、見たことのないようなものが売られているこの街は、俺にとって魅力的なままだった。
ただ、初めてここに来た時と、今の俺の状況は少し異なっていた。
「タケルさん~、待ってくださいって、歩くの速いですよ!」
それは、俺の後ろをリックとドロシーが、ピッタリと離れることなく、ついて来ているということだ。
「もう、ついてくんなって!」
俺は振り返りながら怒鳴るように言った。
先ほどのリックとの会話で、俺は自分の気持ちに気づかされたような気がしたが、そのことについて考えないようにしていた。
(俺はヴィクターの選んだ冒険者たちと旅に出るんだ。それが正しいに決まっている。)
俺は心の中で、自分に言い聞かせるように、何度もその考えを反芻させた。
……
一つ、問題があった。
現在俺は、聖地バリナに向かっているところだが、このままでは、リックたちも一緒に連れていくことになる。
彼らはアウストリア派教会の人間だ。聖地にいるサーシャたちに二人を会わせてしまえば、何が起こるか分からなかった。
(……逃げるか。)
今の俺の身体能力なら、全力で走れば、リックたちを撒くことも可能なはずだ。
(よし、そうと決まれば、さっそく……)
「タケルさん、俺たちを撒こうとしても無駄ですからね。」
走り出そうとした瞬間、リックは俺に対して言った。
「……」
思考を見透かされたみたいで、驚きのあまり俺は声が出なかった。
「どうせバリナの神殿に行くんでしょ?走って逃げたところで、俺たちもそこに行きますから、あんまり意味ないと思うんですけど。」
リックはため息をつきながら言った。
「それに昨日も言いましたけど、”あの女”とは関わらない方が良いですって。正直、土王が本気になったら、俺たちじゃタケルさんを守り切れないと思いますし。」
「サーシャはお前らが思っているような人間じゃない。」
その言葉に対し、俺はリックを睨みながら、反論するように言った。
「……」
リックは何も言い返してこなかったが、俺から視線を逸らすこともなかった。
自分の意見を曲げるつもりはない、そのような意志がリックの目から伝わってきた。
「……タケルさんって年上の女の人が好きなの?」
俺とリックが無言で睨み合う中、ドロシーが思いもよらない言葉をぶつけてきた。
「は?急に何を……?」
「……だって王都にいた時も、年上の薬師の女性とずっと一緒にいたし……今回は土王。タケルさんって年上が好みなんだろうなって思って。」
ドロシーは顎のあたりに手を置きながら、自分の言葉に二、三度頷いた。
(何を言い出したんだ、こいつは?意味がさっぱり……ん?)
ドロシーの言葉に混乱し始めた俺だったが、一つの違和感が生じた。
「おい、なんでエルザさんのことまで知っているんだよ?」
俺はドロシーに問い詰めるように尋ねたが、ドロシーは首をかしげるだけだった。
「それはタケルさんが王都にいる間、ずっと俺たちが見張っていたからですよ。」
ドロシーの代わりに、リックがバツの悪そうな顔をして答えた。
「え、見張りって……ずっと俺の近くにいたってことか?」
「四六時中ってことではないですけど、タケルさんが屋敷の外にいる間は、ある程度、見張ってました。俺はそのために兵団に入ったようなものですし。」
俺はリックの言葉を聞いている内に、徐々に頭が真っ白になっていくのを感じた。
(エルザさんとのことも知ってるって、こいつらどこまで……)
「ああでも、あくまで王都内だけですよ。タケルさんが薬師のお姉さんと一緒に、温泉で有名なハサリ村に一泊旅行に行った時はついて行きませんでした……それを見張るのは、さすがに”野暮”だなと思いまして。」
リックはそう言いながら、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべた。
「……プレゼントを選ぶのに宝石店に行ったのは良かったと思う……何も買わないで出てきたのは”ヘタレ”だと思ったけど。」
ドロシーは相変わらずの無表情のまま、淡々とした口調で俺に言った。
「……お前ら!」
俺は怒りなのか恥ずかしさなのか分からないまま大声で叫んだ。
……
結局、リックとドロシーを追い払えないまま、俺は神殿の入り口前に到着してしまった。
「……分かった、お前たちに命令だ。」
そこで、一つ策を講ずることにした。
「命令?急になんすか?」
リックは不審そうに俺を見ながら尋ねた。
「お前らはユリウスから俺の言うことを聞くように言われてんだろ?」
「まあ、そうですね。できる範囲のことであれば。」
リックは自分の頬を掻きながら、遠くを見て答えた。
「なら今から命令する。大通りに行列ができているケーキ屋があるから、そこで”フルーツタルト”を二つ買ってこい。」
「ええ~、なんでそんな面倒くさいこと俺たちがしないといけないんですか?」
俺が出した命令に、リックは明らかな不満の声を上げた。
「俺の仲間になって一緒に旅に出たいんだろ?だったらまず、俺にお前らを信用させろ。この命令をこなせたら、お前らのこと、ちゃんと考えるから。」
「そう言われちゃうと弱いなあ。まあいいですよ。ちゃちゃっとそのタルトを買ってきて、タケルさんに俺たちのことを認めてもらいますから。よし、行こうぜドロシー!」
俺の言葉に納得したのか、リックはドロシーとともにケーキ屋に向かって走って行った。
(よし、これで邪魔者はいなくなった。あいつらが戻ってくる頃には俺は神殿の中だし、あの門番を前にあいつらも強行突破は試みないだろう……)
俺は深くため息をつきながら、神殿の門に向かって歩き始めた。
その時、ふと思った。なぜ俺は、リックたちが門を無理やり突破してこないと思えるのだろうかということを。
教会の人間はまったく信用できない。だが、リックとドロシーだけは違うのではないかと、心のどこかで思う俺がいるような気がした。




