第10話
「ふああ、もう夕方か。今日も一日あっという間だったな。」
俺は伸びをしながら屋敷までの帰路に就いていた。
サーシャと話している内に気がつけば遅い時間となっていたため、名残惜しさはあったが俺は聖地バリナを後にした。
「明日こそは何としてもフルーツタルトを……!」
明日のサーシャとの予定について考え始めた瞬間、俺は強い殺気のような気配を感じた。
(……間違いない。この気配は俺に向けられている。)
俺は剣を鞘から抜きながら静かに構えた。
……
「……!」
しばらくの間、その場から動かずに周囲を警戒していると、前方から二人、以前の黒装束のような布を全身に巻いた人間が現れた。
一人は大きな剣を構え、もう一人は弓に矢をつがえ俺に向けていた。
(近距離と長距離の組み合わせか……厄介だな。)
俺は固唾を呑みながら敵が次にどのように動くか様子を見ることにした。
「……」
大剣使いは俺に向かって走り出し、一気に俺との距離を詰めてきた。
「くっ!」
剣使いは躊躇なく剣を振り下ろしてきたため、俺も自らの剣でそれを受け止めた。
(力もスピードもこの間の黒装束より上だ。だけど……)
俺は大剣使いを後ろに突き飛ばすように剣を払った。
大剣使いは体勢を崩しながら後ろに転がっていったが、すぐにこちらを向いて剣を構えた。
しかし、俺の力に驚いたのかすぐに反撃してくる気配はなかった。
(……やっぱりそうだ、今の俺ならもう目の前の奴は敵じゃない。)
オルズベックを倒した後から、俺の身体能力は今までの比ではないほどに向上していた。
これまでの能力向上とは違う、俺が本来持っていた本質そのものが作り変えられたかのような変化が俺の体の中で起こっていた。
俺は剣を強く握りしめながら改めて自分の力を実感した。
「……」
今度は後方にいた弓使いが音もなく俺に向かって矢を放ってきた。
しかし、俺は慌てることなく、その矢を剣で払い落とした。
「……!」
弓使いもまさか避けるもなく矢が払われたことに愕然としているみたいだった。
(こいつらじゃ今の俺に傷を負わせることもできないだろう。)
俺はきっとこの戦いに負けることはない。問題は相手にどのように勝つかということであった。
(黒装束の時みたいに命を奪うことに躊躇していたら、敵の思わぬ攻撃に足もとを掬われるかもしれない。だったら!)
俺は剣を持っている方とは逆の手に小さな光の玉を作った。
光魔法ライトボールであるが、これは相手に攻撃するために作ったわけではない。
「……行くぞ!」
俺は掛け声とともに一気に大剣使いに詰め寄った。俺の速さが予想外だったのか大剣使いは俺の動きに対応出来ていないように見えた。
「くらえっ!」
これを相手にぶつけることなく、俺はライトボールをより光らせるイメージを作って、大剣使いの顔の目の前に近づけた。
「うっ!」
大剣使いは顔を腕で庇いながら短い声を出した。
今が夕方であるということを忘れてしまうくらい一帯が明るくなった。その光を間近で見てしまった大剣使いはよろめきながら自分の目を押さえた。
俺はその隙を見逃さなかった。すぐさま大剣使いの剣を俺は払って落とすと、そのまま背後に回って、相手を羽交い締めにし、刃をその首元に近づけた。
「おい、弓使い!もう勝負はついたぞ!今ならお前らの命だけは助けてやるから、武器を捨ててさっさと投降しろ!」
俺は叫ぶように弓使いに言った。
「……」
弓使いは何も答えなかったが、落ち着かない様子で周りを見回し始めた。どうして良いのか分からないみたいだった。
意外なことに羽交い締めにされた大剣使いはまったく抵抗してこなかった。それどころかため息をつきながら両手をあげた。
「そこまでだ!」
すると突然、俺の背後から男の声が聞こえた。
「……!」
俺はすぐに振り向いたが、その男の姿を見て驚いてしまい、声を出すことができなかった。
神父の姿をした長髪の男が目の前にいた。
その男はアウストリア派シデクス教教会の神父、”ユリウス”だった。




