外伝 水王オルズベック 第3話
魔王の手紙を受け取ってから間もなく三年が経とうとしていた。
その間に商人たちから多くの情報が入ってきており、それらを整理していくと一人だけ、私の探す人物に該当する者がいた。
「カーレイド王国第一王子ヴィクター殿下の従者”タケル”か・・・」
私は手元にある報告書を改めて読み直した。
三年前に突然ヴィクター殿下の従者として採用される。普段は兵団で剣の訓練を受けていることが多いが、従者としての仕事をしているかは不明。また商業都市エゼム出身と公表されているが、当該人物にあてはまる者がエゼムにいたという確証は得られなかった。
明らかに怪しい人物だった。身元の分からない人物が第一王子の従者に抜てきされるというのはあり得ないことだ。
(この人物が”イセカイジン”と考えて問題ないはずだ。)
また他にも気になる情報があった。兵団で剣の訓練を始めた時は年齢のわりに優れた能力を持つという程度の評価だったのが、今ではカーレイド王国随一の腕前と評価されていた。
(たった三年でそこまで腕を上げることなど可能なのだろうか?)
私はふと”イセカイジン”の本を思い出した。イセカイジンはこの世界を滅ぼそうとする人間と書かれていた。
(でもこのタケルという若者はまだ十七歳だぞ。とてもじゃないがこの世界を滅ぼすために“イセカイ”と呼ばれる場所からやってきたなんて信じられない。)
真面目に時間をかけてイセカイジンの調査をしてきたが、正直馬鹿らしくもあった。
(魔王様には折を見て、該当しそうな人物はいなかったと報告しておくか。)
どちらにせよ、タケルがイセカイジンである確証はなかった。それであれば、無理にタケルの存在を魔王に教える必要もないだろう。
私はそう心の中で決めると、書類をまとめそのまま机の引き出しにしまった。
・・・
その晩のことだった。まだ夏は迎えていないはずだが、異常な暑さで寝苦しさを感じた。
だが起き上がることもできなかった。眠れないはずなのに突然夢の中に引き込まれるような感覚を覚えた。
「・・・」
気が付くと真っ白な世界にいた。
どこを見渡しても白色が広がっているだけで何もない。不思議な世界だった。
すぐに夢だと分かった。私はほっとしてそのまま目を閉じようとした・・・
その時だった。
”・・・ヲコロセ”
何かが聞こえたような気がして、目を開けた。私はまだ白い世界にいて夢から覚めていなかった。
”イセカイジンヲコロセ”
今度ははっきりと聞こえた。イセカイジンを殺せと言われたはずだ。
しかしなぜあの少年を殺さないといけないのか、理由がまったく分からなかった。
”イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ”
声は大きくなり、こだまするように何度もその言葉が聞こえてきた。
私は耳を強く塞いだ。しかし、それは何の意味もなかった。
”イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ””イセカイジンヲコロセ”
「ああああああ!」
私は叫びながら飛び起きた。そしてすぐに周りを見渡した。
見慣れた寝室に私はいた。しかし体中から信じられないほどの汗が流れていた。
「・・・あなた、大丈夫なの?」
私の声で起きてしまったのか、隣で眠っていた妻が目を擦りながら言った。
「ああ、大丈夫だ。起こして悪かったね。もう一度おやすみ。」
私が答えると安心したのか、妻はこくりとうなずきそのまま眠ってしまった。
「・・・今のは?」
考えるまでもなかった。今見た夢の正体を私はすぐに理解した。
それは先祖代々、水王を引き継ぐとともに一緒に伝承されてきたものだ。
私は”啓示”を受けてしまったみたいだ。




