外伝 水王オルズベック 第2話
今から三年前、私のその後の”運命”を分けた出来事が起こった。
「・・・魔王様の使者が来ていると?」
私室で書類に目を通していると、従業員の一人から予期していなかった報告を受けた。
「はい、どうしましょうか?」
明らかに従業員はおびえていた。この従業員、見た目は若いが百年以上生きている戦争経験者だ。
魔王と言えば、戦場で暴れまわる先代の印象が強いのかもしれない。
「うん、すぐに会おう。応接室に通しておいてくれ。」
私が指示すると従業員は一礼して退室していった。
「・・・また食糧を支援してくれって話かな?」
前回の物資の量では十分ではなく、再度支援の話をしに来たのだと私は予想した。
私は急いで身支度を整え、応接室に向かった。
・・・
「この度は遠いところからお越しくださいましてありがとうございました。」
応接室にいた使者に私は頭を下げて言った。
「あ、はい・・・どうも。」
使者は何とも言えない返事をした。
「それで今回はどのようなご用件で参られたのですか?」
私は顔を上げて尋ねた。
「手紙を届けろって言われて・・・それで持ってきました。」
使者は持ってきていた鞄の中をガサゴソと探し始めた。
私は使者の顔を改めて見てみた。
若い魔人族だった。どう見ても使者としての貫禄はなく、子どものお使いのような感覚でここに来ていた。
なんとなくだが、使者にヘレミアスの面影があるように見えた。恐らくヘレミアスの親族の子どもを魔王城で働かせているのだろう。
(魔王領は人の流出が激しく、どこも人手不足と聞いていたが、まさか魔王城までこんなことになっているとは・・・)
先代魔王の時であればあり得ない状況だった。そのような中、懸命に魔王の責務を果たそうとしているイリヤのことが気の毒でたまらないと感じられた。
「どうぞ。」
しばらくして、使者は少しくしゃくしゃになった封筒を鞄から取り出し私に渡してきた。
「・・・どうも。」
私は心の中の感情を表に出さないようにしながら封筒を受け取った。
「・・・ここで開けてもよろしいでしょうか?」
「ああ、多分大丈夫だと思います。」
使者はきょとんとしながら答えた。
・・・
丁寧に封筒を開封し、手紙の中身を確認した。
執筆者はヘレミアスだった。見覚えのある達筆な字で手紙は書かれていた。
いろいろと前置きが長い手紙であったが、本題は”イセカイジン”という人間を調べてほしいといったものであった。
(”イセカイジン”とは、いったい誰のことなのだろうか?)
「使者殿は手紙の内容について何かご存じなのでしょうか?」
「・・・え!?いや、おじいちゃんからは特に何も聞いてないですね。あれ?こういうのって俺もちゃんと内容を知っておかないとマズかったんですか?」
念のため、使者に手紙の詳細を尋ねてみたが、この使者の祖父がヘレミアスであることが確定した以外、何も分からなかった。
「別にそのようなことはありませんよ。・・・使者殿、はるばる遠いところから参られ、今日はお疲れでしょう。ぜひこちらにご宿泊ください。今案内の者を呼びますので。」
私は立ち上がって部屋の外に向かい、応接室の外で控えていた従業員の一人に声を掛けた。
「それではこちらに。」
中に入ってきた従業員が使者に声を掛けると、使者は嬉しそうに従業員について部屋を出ていった。
「イセカイジンかあ・・・待てよ?」
ふとその言葉をどこかで聞いたことを思い出した。確かそれは子どもの頃、祖父が読んでくれた本の中に・・・
「そうだ!おとぎ話の中の一つだったような気がする。・・・まだ倉庫にあるかもしれないな。」
私はすぐに立ち上がり、家の裏にある倉庫に向かった。
・・・
二時間ほど倉庫を探し、ようやく目当ての本を見つけられた。
「・・・はあ、体に堪えるなあ。ええと、本のタイトルは”イセカイジン”、ってそのままか。」
私は持っていたタオルで額の汗を拭きながらつぶやいた。
「・・・どんな話だったかな?」
本を開き私は静かに読み始めた。
・・・
子ども向けだったためか、すぐに読み終えることができた。
内容としては、この世界とはまったく違う世界”イセカイ”から”イセカイジン”と呼ばれる人間が現れるところから物語は始まる。そして、その人間がこの世界を滅ぼそうとしたため、主人公と四人の仲間が力を合わせ、イセカイジンを倒すという単純なものだった。
「・・・イセカイか、本当にそんなものあるのかね?」
子供向けの話であり、私はイセカイの存在を信じるような年でもなかった。
「しかし、あの魔王様がわざわざ調べろということは何かあるのだろうけど・・・」
現魔王のイリヤは聡明な人物であると私は評価していた。そのような人が思いつきでこのようなことを頼んでくるとは思えなかった。
(だけど、カーレイド王国にイセカイジンがいると言われてもなあ・・・それだけの情報でどうやって調べろと。)
まるで雲をつかむような話だった。
(カーレイド王国ってことは、もしかするとイセカイジンは国か教会のどちらかに保護されている可能性が高い。そのどちらかに、最近になって突然現れた身元不明の人物がいれば、それが”あたり”かもしれないな。)
依頼に対し、やれそうなことは見えた気がした。
後は今まで培ってきた商人たちとの人脈を使って情報を集めていくだけだ。
あまり気が進まなかったが、不憫な魔王を思い、私はできる限り、”イセカイジン”を探してみることにした。




