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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第四章
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第51話

気がつけば、オルズベックの事件から二カ月の月日が経過しようとしていた。


その間にオルズベックによって破壊された街は、徐々にではあるが復興されつつあった。


だが王都でドラゴンが出現したという事実、それは俺が思っている以上の衝撃を人々に与えたようだ。


以前に比べ、兵士と一般人がもめるトラブルも多くなり、まれにではあるが王族を批判するようなビラが配られるようなことも起こるようになった。


誰もが不安なのだと思う。平和な日常であっても、突然それは破壊され、失われてしまうものだということを知ってしまったのだから。


・・・


「ヴィクター、部屋に入るぞ。」


俺は屋敷内にあるヴィクターの執務室の扉をノックしながら言った。


「うん、入ってくれ。」


中にいるヴィクターから返事を聞いた俺は扉を開けて部屋に入った。


「それで、話ってなんだ?」


俺はソファに腰掛けながらヴィクターに尋ねた。


「”水王自治区”について、タケルがしきりに気にしていたから、分かったことを伝えておこうと思ってね。」


ヴィクターはテーブルにある書類に目を通しながら言った。


水王自治区、オルズベックが治めていた領地であり、多くの亜人族が住んでいたとも聞いていた。しかし、オルズベックが今回の事件を起こしたことで、残された彼らがどうなってしまうのか、そのことをずっと俺は心配していた。


「結論から言うよ。トランテ王国との合意の元、今回の事件の黒幕は”不明”ということで決着がついた。」


「・・・どうして?」


予想外のヴィクターの言葉に俺は驚きながらその理由を尋ねた。


「それはオルズベック当人が見つからないからさ・・・タケルも知っての通り、結局あのドラゴンの死体は、その後もずっとドラゴンのままでオルズベックには戻らなかった。事件の当事者でもない限り、あれがオルズベックだと言っても誰も信じないからね。」


ドラゴンがオルズベックだと証明できない以上、オルズベックが黒幕だと言うこともできない・・・何とも煮え切らない話ではあるが、カーレイド王国とトランテ王国の両国で決めたことであれば、俺からは何も言えなかった。


「じゃあ、今後水王自治区であるキオはどうなるんだ?」


いくら表向きはオルズベックが黒幕ではないとしても、トランテ王国が今後どのように水王自治区を扱うのかが不安であった。


「・・・そのことなんだが、これがまた奇妙な話でね。」


ヴィクターは困ったような笑みを浮かべながら言った。


「パーティの来賓の一人に、外務大臣のライナスという男がいただろ?実はあの事件のあった日、ライナスは水王自治区に赴き、そのまま水王自治区を掌握してしまったんだ。」


「・・・えっ!何でそんなことが!?軍を使って攻め込んだってことか!?」


俺は身を乗り出すようにしてヴィクターに尋ねた。


「いやそうじゃないんだ。ここが奇妙といった理由なんだが、どうやらライナスは正式にオルズベックから水王商会及び水王自治区であるキオの支配権を譲渡されていたらしい。ちゃんと公式で認められる書面もあるみたいだから、現在のキオの支配者はライナスということになるそうだ。」


オルズベックが事件を起こした日にライナスがオルズベックの持つ全てを譲渡されていた・・・それを偶然で片付けるのは無理があった。


「・・・ライナスは全てを知っていたのかな?」


「さあ、どうだろうね?この答えばかりはもう、ライナスとオルズベックにしか分からないだろう。ただライナスが自治権を得た後も、水王自治区に目立った変化はないみたいだよ。トランテ王国との関係性も以前のものから変わっていないらしいし。」


「それにトランテ王国内からも、ライナスが水王自治区を治めることについて大きな反対はなかったそうだ。これは、今後亜人族の王に頼らずに魔法石を生産できるという利点が、あまりにも大きいからだろうけど。」


ヴィクターは肩をすくめながら話し終えた。


だが俺は、一番知りたいことをまだ知ることができていなかった。


「水王自治区の王がライナスになったかどうかは関係ないんだ。そこに住む人たち、亜人族は今回のことで迫害されたりしていないんだよな?」


俺はずっと不安だった。オルズベックを殺してしまったことによって、俺の知らないところで不幸な人間が増えてしまったのではないかということが。


「・・・そのことであれば、この手紙を読んでみるといい。」


ヴィクターは優しく微笑みながら俺に手紙を渡した。


俺はその手紙を受け取り中身を読み始めた。手紙は可愛らしい女性の文字で書かれていた。


手紙の主はセレナだった。


セレナによれば、トランテ国王が諜報機関を使って、水王自治区を調査したらしい。ただその報告によれば、水王自治区は以前と変わらない活気に溢れていて、人族も亜人族も日々の生活を生きているみたいだった。


最後にセレナから「まあ大丈夫なんじゃない?」という一文が添えられていた。


「ライナスの持っていた文書には僅かな捏造の痕跡もなかったそうだ。つまりそれはオルズベック自身の手で書かれた文書であることを意味している・・・きっとオルズベックは自分の一番信頼できる人間に水王自治区を託したんじゃないかな?」


俺はヴィクターの言葉を聞きながら、ライナスについて思い出していた。


パーティー会場で見かけただけでほとんど印象になく、どんな人物かまったく分からなかった。


しかし、俺は信じてみたいと思った。オルズベックが信じたそのライナスという男を。


・・・


「なあ、ヴィクター、何でオルズベックさんは俺を殺そうとしたんだろ?」


俺はここ二カ月の間、一人で考えていても分からない疑問をヴィクターに尋ねた。


「・・・実は、建国祭のパーティーにオルズベックを招くという提案をトランテ王国からされた時、オルズベックという人物を徹底的に調べたんだ。でもその結果は、かつてのような魔王とともに侵略を行う水王像とは真逆の存在、平和を愛する善人だと分かっただけだった。」


「いっさいの疑惑も不祥事もなかった。偽装した商会を我が国に置いていたという事実はあったが、どうやらそれも亜人族だということを隠して、貧しい人族の若者を支援するために用意されたものらしいし・・・彼を疑う材料なんて一つもなかったんだよ。」


ヴィクターはそこまで話すと、目を閉じ、組んだ両手に額を下ろすようにして俯いた。


「それだというのに、結果はこれだ。オルズベックを招くと最終的に判断したのはこの僕だ。この判断のせいで、大切な臣下を何人も失ってしまった。」


「・・・」


ヴィクターは今回のことで責任を強く感じているみたいだった。俺はそんなヴィクターに対し、何も言葉を掛けることができなかった。


「なぜオルズベックがタケルのことを狙ったのか、僕にもその理由は分からない。オルズベックのこれまでの功績、人族との関係性を考えても、今回のような事件を起こすなんてあり得ないことだった。・・・しかし、そうだとすれば、”別の可能性”も考えられる。」


ヴィクターは俯いていた顔を上げ、俺を見て言った。その目はいつもとは違う、鋭く冷たいものに思えた。


「別の可能性って、なんのことだ?」


俺はヴィクターの目に少し怖さのようなものを感じながらも、ためらうことなく尋ねた。


「オルズベック個人は本当に善人だったのかもしれない。なのになぜタケルの命を狙ったのか?・・・オルズベックに動機がなくても、その背後にいる”人物”にはタケルを狙う動機があったからだ。」


「背後にいる人物?・・・それって!」


ヴィクターの言葉から、”別の可能性”の意味を俺は理解した。その瞬間、全身の血の気が引いていくような感覚を覚えた。


「そう、タケルが今思った通りだ。オルズベックほどの大物を操ることができ、タケルを殺害したいと考える人物、それは”魔王”だよ。」


「・・・」


ヴィクターの話に俺は思わず言葉を失った。


(魔王が黒幕・・・?なんで魔王が俺のことを・・・?)


「魔王がどうやってタケルのことを知ったのかは謎だ。だけど、オルズベックははっきりと言ったのだろう?君が”異世界人”であると。」


「そう言うことであれば、魔王側も何かしらの方法によって、タケルが”異世界人”であり、”勇者”であると知ったのかもしれない。だから、タケルがさらに成長して自分たちの脅威となる前に、魔王はオルズベックを差し向けたんだ。」


「オルズベックは魔王の命令で君の命を狙ったのさ。だからこそ、自らをドラゴンにするといった強引な手段を用いてまで、君を殺そうとしたんだよ。オルズベックにとって、魔王の命令は”絶対”だったのだろうね。」


魔王が事件の黒幕・・・確かにそう考えると、事前にライナスに水王自治区を託していたこと、自らの命を賭してまで俺を殺そうとしたこと、全ての説明がつくような気がした。


(オルズベックさんにとって魔王は恐ろしい存在で、命令に逆らうことなんてできなかったということか。だけど・・・)


オルズベックはドラゴンになる前に、俺に魔王のことを話をしてくれた。


その時のオルズベックの様子は、特に魔王に恐怖心を持っているようには思えなかった。


(だけど俺は、オルズベックさんのことを何も知らないんだよな。オルズベックさんが今の魔王についてどう思っていたのかなんて、本当のところはもう分からないか。)


人の本性は外見や態度だけでは分からない。もしかしたら、世間の誰も知らない魔王の本性をオルズベックは知っていたのかもしれない。


そう考えた俺は、まだ見ぬ魔王に対する恐怖が、自分の中で大きくなっていくのを感じた。

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