第39話
「・・・え?」
オルズベックは先日の昼食の時と同じ質問を俺にしてきた。
「それって、どうして兵士の仕事をやっているかって話ですか?」
「・・・違う、今度はちゃんと答えてもらおう。」
先ほどまでの温かな雰囲気などまったく感じさせない、威圧的な低い声でオルズベックは言った。
俺は頭の中が真っ白になってしまい、何も答えられなかった。
「・・・ふん、なら質問を変えよう。君は”イセカイジン”なのだろう?」
「なっ!」
予想していなかったオルズベックの言葉に俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
俺が異世界人であることを知っているのは、カーレイド国王とヴィクター、そしてセレナ、後は可能性として教会ぐらいのはずだ。
なのになぜオルズベックから”異世界人”という言葉が出てきたのだろうか。
「どうしてそのことをオルズベックさんが知って・・・!」
俺は心の声を思わず口にしてしまった。すぐに口を押さえたがもう遅かった。
「答えとしてはそれで十分か・・・じゃあ最初の質問に戻る!イセカイジン、どうしてこの世界に来たんだ!?」
オルズベックの言葉には明らかな怒りが含まれていた。
いやそれだけじゃない、何となくだがオルズベックは俺に対して憎悪の感情を向けているようにも感じられた。
それはパーティー会場で受けた”あの殺意”そのものだった。
「・・・まさか、あんただったのか?」
俺は呆然としながらもオルズベックの目をまっすぐ見て尋ねた。
あの時俺はユリウスと偶然目があって、その時に殺意を感じたと思っていた。しかし本当は会場にいた別の誰かが俺に対して殺意を向けていたとしたら・・・
その瞬間、これまでの違和感の正体が全てはっきりとし、俺は一つの答えに到達した。
(・・・とんでもない勘違いをしていた。教会は一連の事件の犯人なわけないじゃないか。)
もし教会が俺の命を狙っているとしたら、警備が最も厳重なこの建国祭の時期を選ぶ必要はない。俺は何年も王都にいて、街を一人で出歩くことも多かった。
殺そうと思えば、いつでも殺せたはずだ。この時期に事件を起こす理由がない。
逆に言えば、わざわざこの建国祭で俺の命を狙わなければならない人物、それは普段この国にいない外国の人間に限られた。
それに先ほどの尾行もそうだ。確かにユリウスに隙はなかったが、気配を消しているわけではなかった。それに比べ、オルズベックの従者は隙も気配も消して俺に近づいてきた。
(あの動きは俺を襲った黒装束そのものだった・・・)
散らばっていたピースが形になっていくとともに、目の前にいるオルズベックに対する激しい怒りが俺の中に湧き上がってきた。
「なんで俺の命を狙ったんだよ!?俺があんたに何をしたっていうんだ!?あんたのせいでトミーは・・・」
俺は怒りをぶつけるように強い口調でオルズベックに尋ねた。
「理由は君がイセカイジンだからというだけだ。トミーというあの若い兵士には悪いことをしたと思っている。本当は君以外、誰も傷つけるつもりはなかったんだがね。」
オルズベックは俺から視線を外しながら、どこか辛そうな表情で答えた。
「・・・ふざけるな!トミーだけじゃない!毒入り料理のせいで多くの兵士が死にかけたんだぞ!他の誰かを傷つけるつもりはなかったなんて嘘を吐くな!」
「・・・毒入り料理?何の話をしているのか分からないが、あくまで私の狙いは君だけだ。さあ、答えろ!どうして君はこの世界に来たんだ!?」
話が平行線だった。このままじゃ埒が明かない。
俺は仕方なく、オルズベックの質問に答えることにした。
「俺がこの世界に来たのは魔王を倒すため・・・そうしなければ、俺には守れないものがあるからだ。」
オルズベックに対し俺は本心で答えた。
「”守りたいもの”、以前と同じ答えか・・・そうか、そこに嘘偽りはなかったということだな。タケル君、それによって誰かが犠牲になるとしても、本当にそれは守らないといけないものなのか?」
オルズベックは俺の目を見て真剣な表情で尋ねた。
オルズベックの言う”誰か”とは魔王やその庇護下にある亜人族のことだろうか・・・やはり水王の立場であれば、彼らを第一に考えるのは当然なのだろう。
確かに、この世界の亜人族が滅ぶことなく人族と共存できているのは、魔王という存在が亜人族の背後にいるからなのかもしれない。
魔王を倒した後、この世界の人間、特に亜人族はどうなるのだろうか・・・もしかしたら、俺のすることによって、たくさんの不幸が生まれる可能性だってあった。
「・・・それでも俺は守りたい!もう二度とルカを失いたくないから!」
俺は叫ぶようにオルズベックに答えた。
「・・・ふ、ふふ、ふはははははは!」
俺の答えを聞いたオルズベックは大声で笑い始めた。
「大切なものを守るためならどんな犠牲も厭わないと言うか!いいだろう・・・ならば、話はこれでもう終わりだ!」
オルズベックは話し終えると戸棚から手のひらサイズの瓶を取り出した。
中には液体が入っていて、それは今まで見たことないような禍々しい色をしていた。
「おい、いったい何をする気だ?」
何だか嫌な予感した。あれを使われる前にオルズベックを止めないといけない。
「タケル君、私は絶対に君を倒す!」
しかし、オルズベックは力強く宣言するとともに、俺が止める間もなく、瓶の液体を一気に飲み干した。




