第38話
「ええとそうだな・・・それじゃあ、魔王の強さがどれくらいのものか知りたいです。」
俺は最初に頭に浮かんだことをオルズベックに尋ねた。
「うーん、難しい質問だな。私は戦闘に関してはずぶの素人だから、魔王の強さがどれほどのものかをうまく表現できる自信がないな。」
俺の質問にオルズベックは頭を悩ませるようなしぐさをして答えた。
質問が漠然とし過ぎていたようだ。だが正直俺も魔王という存在がどのようなものかさっぱりなため、具体的な質問はできそうもなかった。
「ただ、先代の魔王のことであれば、祖父や父から話を聞いたことがある。まずはそれで良いかな?」
「はい、ぜひお願いします!」
俺は身を乗り出しながらオルズベックの提案に賛成した。
「今から二百年近く前のことだ。今と違って人族と魔王の戦争が絶えない時代だったみたいでね。その頃には我々水王の一族は魔王とは距離を置いてはいたんだが、どうしても戦争が始まれば、少なからず協力しなくてはならなかった。」
オルズベックは悲しそうな表情を浮かべながら話し始めた。
そういえば以前トミーが、どこかの代の水王が戦争ばかりする魔王に嫌気が差して、そこから離反するためにキオに移住したって話をしていた気がするが、今のオルズベックの顔を見る限り、あながちそれは間違っていなかったのかもしれないと思った。
「人族に対し、魔王傘下の亜人族は数が少ない。それでも常に魔王軍が優位のまま戦争を終結させてきたのは、ひとえに魔王自身の力によるものだったからだ。」
「そんなに圧倒的なんですか、魔王の力って?」
俺はオルズベックの話に聞き入りながらも気になったことを尋ねた。
「うん、何しろ竜族だからね。魔王はドラゴンになれるんだ。それもとてつもなく巨大なね。そんなドラゴンが空を飛び、魔法を放つ。いくら人族が協力して集まったって魔王の前では無力に等しいことだったみたいだよ。」
オルズベックはそこまで話すと再びティーカップに口をつけた。
俺はそんなオルズベックの話を聞いて、この先の魔王討伐への不安が大きくなっていった。
「それじゃあ、人族がどんなに強くなっても、絶対に魔王には勝てないということでしょうか?」
「いや、そうとも限らないんじゃないかな?」
俺の不安な思いに対し、意外にもオルズベックはあっけらかんと答えた。
「タケル君、魔王はね、古代から代替わりを繰り返してずっと大陸東の地に君臨しているんだ。しかし、その圧倒的な力を持ちながら、大陸全体を統一できていないどころか、天敵だった人族すら滅ぼせていない。これはどうしてだと思う?」
オルズベックは俺に対して尋ねてきたが、その答えは何も浮かばなかった。
「竜族はドラゴンでありながら、ずっとドラゴンの姿のままではいられない。竜でいるための条件・・・私はね、それを魔力だと考えているんだよ。」
「・・・魔力が条件っていうことは、その魔力が切れれば、魔王はドラゴンの姿を維持できない、そういうことですよね?」
俺はオルズベックの説明から一つの答えを導き尋ねた。
「うん、その通りだ。結局歴代の魔王は人族を滅ぼせるだけの力を持ちながら、それをしなかったのは、単に西側全体の人族を攻撃するほどの魔力を持っていなかったからだと思う。せいぜい東側に攻めてきた人族を追い払うだけで精一杯だったのだろうね。」
今までずっと謎に包まれていた魔王に、このオルズベックの話だけでかなり近づけた気がした。
この話が正しければ、どんなに今の魔王が強いドラゴンになったとしても長期戦にさえ持ち込めば、勝つ見込みもあるのかもしれない。
(でも今の俺じゃ逃げ回っているうちにあっさり死んでしまうだろうな。)
攻略法がわかったところで、まだまだ実力不足であることは明白だった。こればかりは俺が努力を続けて埋めていくしかないことだ。
・・・!
その時、僅かにだが外から人の叫び声のようなものが聞こえた気がした。
喧嘩か何かだろうか、寒くなってきたというのに血気盛んな人間がいるものだと思った。
「・・・すまない、タケル君。本当はもっと質問に答えてあげたかったのだが、もう時間みたいだ。」
オルズベックは立ち上がり俺にそう言いながら、部屋の奥にあった戸棚の方へ向かった。
「いえ、十分に答えてもらいました。本当になんとお礼を言えば良いのか。」
俺は立ち上がりオルズベックに向かって頭を下げながら言った。
忙しい中、俺に会うための時間を作ってくれたみたいだ。それであれば、これ以上オルズベックを拘束してしまうのは申し訳ない。
オルズベックは親切な人みたいだし、もし今後魔王のことで分からないことがあったらキオに行ったときにでもオルズベックを訪ねてみても良いだろう。
「そうか・・・それじゃあ最後に私からタケル君に聞きたいことがあるんだが、良いかね?」
「はい!何でも聞いてください!」
俺は顔を上げ、笑顔で答えた。
「君はどうしてこの世界に来たんだ?」
俺の方に振り向いたオルズベックは、今まで見たことがないような冷たい目をして言った。




