第37話
「・・・」
屋敷の中は音一つなく静かで、明かりもほとんどついていなかった。
オルズベックは仮にも水王であり、従者がもっと屋敷内にいてもおかしくないはずだが・・・
「あの、他の従者の方って誰もいないんですか?」
「・・・」
従者は俺の質問に答えることなく、屋敷の中を進んでいった。
そんな従者の態度に不思議と怒りは湧かなかったが、代わりに正体の分からない不安が心の中に広がっていくのを感じた。
・・・
「旦那様、タケル様をお連れしました。」
従者は屋敷の奥にある部屋の前で止まると、扉をノックしながら中に呼び掛けた。
「おおそうか、入って来てくれ。」
中から声が聞こえると、従者は扉を開けた。
部屋にはオルズベックがいた。暖炉の前で安楽椅子に座りながら、オルズベックは何やら手紙のようなものを読んでいた。
「すまないタケル君。もう少しで済むから、そこのソファに座って待っていてくれないか?」
こちらを向いたオルズベックはソファを指差しながら言った。
俺は指示された通りソファに座った。高級品なのか座り心地が快適だった。
従者は俺たちに一礼すると、すぐに部屋を出ていった。
「・・・うむ。」
オルズベックは手紙を読み終えるともに暖炉の火の中にそれを投げ入れた。
もう必要なくなった手紙なのだろうか。しかし、そのわりに燃えていく手紙を見つめるオルズベックの顔は何となく悲しいもののように思えた。
「失礼します。」
先ほど部屋を出ていった従者がすぐに戻ってきた。その手にはトレイがあり、ティーカップが二つとお菓子の皿が載っているのが見えた。
「・・・」
従者は無言のまま、俺の前にティーカップと皿を置いた。飲み物は紅茶で、お菓子は色とりどりのクッキーだった。
「ご苦労だった、もうこれで十分だ。後はもう良いから・・・行ってくれ。」
安楽椅子に座っていたオルズベックは立ち上がり、従者に近づき言った。
「かしこまりました。」
従者は頭を軽く下げながら返事をし、そのまま部屋を出ていった。
一瞬だけ部屋を出て行こうする従者の表情が見えた。出会った時のような無表情とは異なり、どこか寂しそうで辛そうなそんな顔をしていたような気がした。
「さて、待たせたね。」
オルズベックは俺と向かい合うようにソファに座りながら言った。
「いいえ、むしろありがとうございます。明日帰国されるという忙しい時にこのような時間を作ってもらって。」
俺は軽く頭を下げお礼を言った。
「いや、お礼を言いたいのはこっちだよ。君にもう一度会いたかったのは私の方だからね。」
オルズベックはティーカップの紅茶に口をつけながら言った。
「・・・あの、なんで俺にもう一度会いたいと思ったんですか?こういう機会を得られたことはとても嬉しいんですけど、ただの一人の兵士に水王であるオルズベックさんがここまでしてくれるのは、何だか変な感じがして。」
俺はずっと納得できないでいた疑問をオルズベックに尋ねた。
「まあそれについては後で答えるとして、まずは本題と行こうじゃないか。タケル君、君は魔王のことが知りたかったのだろう?私の知っていることであれば何でも答えてあげよう。さあ、遠慮せず聞いてくれ。」
オルズベックは軽く微笑みながら答えた。
(うーん、何となくはぐらかされてしまった気がするが、気にしても仕方ないか。)
今は魔王について知ることのできるこの時間を、十分に活用する方が大切である気がした。
俺はそう気持ちを切り替え、オルズベックに質問を始めた。




