第34話
「失礼します、殿下・・・ん、タケル!?なぜ殿下と一緒に?もう大丈夫なのか?」
エドマンドは部屋に入ると同時に俺の存在に気づき、驚きの声をあげた。
「はい、もう大丈夫です。今は殿下を手伝って、事件の調査をしています。」
俺はエドマンドに軽く頭を下げながら答えた。どうやらエドマンドにもかなりの心配をかけていたみたいだ。
「タケルの言った通り、事件の調査を手伝ってもらっているんだ。それじゃあエドマンド、早速だけど分かったことを教えてくれるかな?」
「は!承知いたしました!」
ヴィクターが本題を促すと、エドマンドは姿勢を正して話し始めた。
・・・
「一つずつ報告していきます。まず毒入り料理事件について、やはり再度関係者を詳しく調べましたが、薬師のオースティン以外これといって怪しい人物はいませんでした。そして肝心のオースティンですが・・・」
「殿下のご指示の下、すぐに王都の城門、さらに国境沿いの警備を固めましたが、オースティンの姿はどこにも見当たらず、現在も捜索を続けております。」
エドマンドは申し訳なさそうな顔をして言った。
「やはりそうか。事件を見るにオースティンは慎重で入念な準備を行う人間だということが分かる。そんな人間が逃走手段を用意していないとは思えない。きっと今の僕たちじゃ予想できない手段で、すでに国外へ逃げてしまっているのだろうね。」
ヴィクターは表情を変えることなくエドマンドに言ったが、その報告を聞いた瞬間、少しだけ悔しさをにじみ出したように俺には見えた。
「・・・っ!」
エドマンドはヴィクターの言葉に一瞬目を見開き、反論するかのように見えたが、結局何も言わなかった。
ヴィクターの言ったことはエドマンドも考えていたことなのだろう。エドマンドは黙ったまま、唇を噛み締めるような表情をしていた。
「オースティンのことは分かった。迎賓館襲撃の日、観光客に酒を配った商人についても調べてもらったと思うが、その人物は見つかったのかい?」
「は!その商人については、王都から南に位置する街がありまして、そこのある酒場にいるところを見つけ、連行してまいりました。」
エドマンドは再度姿勢を正して報告をした。しかし、明らかな成果であるにも拘わらず、エドマンドの表情は依然として曇ったままであった。
「・・・その顔を見る限り、商人は何も情報を持っていなかったんだね?」
エドマンドの表情から察したヴィクターは少し残念そうな表情で尋ねた。
「おっしゃる通りです。商人はあくまで雇われただけで、襲撃の計画など何も知りませんでした。金と酒を渡され、観光客に配りながら迎賓館に向かうように伝える、それが彼の頼まれた仕事だったようで、彼自身も本当に迎賓館で酒が振る舞われるものだと思っていたようです。」
「また商人は”ある男”を通して仕事をもらったと言っていましたが、その男は「国の役人」を名乗っていたようです。顔も何とも特徴のない、どこにでもいるようなものだったみたいで、それ以上覚えていることは何もない様子でした。」
エドマンドは目を強く閉じたまま報告を終えた。
「・・・」
報告を聞いたヴィクターは眉間に手を当てながら何かを考え込むように黙ってしまった。
無理もなかった。エドマンドの報告は「何も分からなかった」と同義だった。俺自身も報告から手がかりを得られることを期待していたため、このような結果になって正直、この先の調査への不安がかなり大きくなった。
「・・・申し訳ございません、殿下!もっと早く行動していれば、違った結果を得られたかもしれないというのに、私は・・・」
エドマンドは頭を深く下げながら謝罪の言葉をヴィクターに言った。
「気にすることはないよ、エドマンド。オースティンの逃亡もそうだけど、敵はだいぶ慎重で、まったくと言って良いほど、自分たちがいた痕跡を残していない。これは僕らが考えているよりももっと恐ろしいものと戦っているのかもしれないね。」
エドマンドを励ますような口調でヴィクターは言ったが、その時の目先はいつもより鋭くなっているように思えた。
痕跡も残さない影すら見えない相手・・・俺は先ほどヴィクターから聞いた教会のスパイの話が敵と結び付くような気がした。
もしかすれば、知らずのうちにスパイをやらされている人間もいれば、自ら進んで教会のスパイをする人間もいるのかもしれない。
そのような人間であれば、俺を攻撃するための工作も容易だろうし、証拠を残さないようにする手際も慣れたものなのだろう。
ヴィクターは証拠のない話と言っていたが、今回の一連の事件、やはり教会が関わっている気がしてならなかった。
「こうなると残す手掛かりは、賊の遺体の身元だけということになるか。」
「殿下、賊の身元で何か分かったことがあるのでしょうか?」
ヴィクターの言葉にエドマンドは顔を上げて反応した。
「ああ実は、賊たちは自らの外見を偽っている可能性が出てきてね。その可能性に賭けて、現在魔術師長が賊の外見を調べてくれているんだ。」
「そのようなことができるとすれば、何かしらの魔法具が必要になると思いますが?」
エドマンドは何かを考えた始めたような表情でヴィクターに尋ねた。
「そうだね。ただそのような魔法具が市場に出回っているなんて聞いたことがないし、あるとしても取引にかなりの額の金が動いているはずさ。」
ヴィクターはにやりと悪い笑顔を浮かべて答えた。
「なるほど。では、私は魔術師長から情報をいただき、それを元に魔法具店を洗ってみます。貴重なものであれば、それを取引した人間の噂も広がっているはずですから。」
ヴィクターの顔から何かを察したエドマンドは凛々しい顔をして力強く言った。
そのままエドマンドはヴィクターに一礼すると、足早に部屋を出ていってしまった。
「・・・なあ、ヴィクター?」
ぼんやりと思考がまとまらないまま、俺はヴィクターに声を掛けた。
「うん、どうしたんだい、タケル?」
「なんでさっきヴィクターは、「エドマンド兵士長はスパイじゃないと信じている」って言い切れたんだ?」
エドマンドが出ていった部屋の扉を俺は眺めながらヴィクターに尋ねた。
「・・・そうだね。僕の中で人々がスパイとなってしまう基準は、教会の教育に深く染まっているかどうかというものなんだ。その点、エドマンドにその可能性はほとんどないって保証できるよ。」
ヴィクターは俺の方を向いて真剣な顔をして答えた。
「それはどうして?」
「エドマンドは子どもの頃、周りの子ども同様に教会で教育を受けていたのだけど、その内容に矛盾を感じることが多く、いつも神父たちと口論になっていたらしいんだ。」
「それで最終的に教会を追い出され、道の真ん中で不貞腐れていたところ、父上・・・陛下が馬車で通りかかって、そのまま拾われたと聞いている。」
「エドマンドは頭が切れる子どもだったらしくて、陛下はその才能を伸ばすため、王族と同じく、エドマンドには家庭教師による教育を受けさせたんだよ。」
話をするヴィクターは少しだけ楽しそうに見えた。今の話がエドマンドが城に来るきっかけだったとすると、ヴィクターの生まれる前からエドマンドは城にいたことになる。
もしかするとヴィクターにとってエドマンドは兄のような存在なのかもしれない。
「だからね、エドマンドは教会の教育を受けていないに等しいんだ。多分、王族や貴族を除けば、最も教会との繋がりが薄い人間だと言えるんじゃないかな?」
ヴィクターはそこまで話すと立ち上がり、俺に一歩近づいた。
「でも僕はそのような経緯がなかったとしてもエドマンドのことは信じたいと思う。」
「タケル、君はどうなんだい?エドマンドは君にとって剣の師匠なんだろう?」
ヴィクターは優しく微笑みながらも少しだけ悲しそうな表情を浮かべて俺に尋ねた。
そんなヴィクターの顔を見た俺は、もやもやしたよく分からない自分の感情が徐々に薄れていくのを感じた。
「・・・そうだよな。ごめん、ヴィクター。兵士長のことまで疑ってしまうなんて、俺どうかしてたみたいだ。」
俺は頭を下げながらヴィクターに言った。そして、すでに部屋にいないエドマンドに対しても心の中で謝った。
疑心暗鬼になるばかりに信じなきゃいけない人まで疑い始めていたようだ。
「無理もないことだよ。教会の話はそれだけ根が深く、僕らにとって脅威である話なんだ。・・・ともかく、今は待つしかない。しばらくは動けそうにもないから、その間にタケルは少しでも休んでいてほしい。」
ヴィクターは俺の肩に優しく手を置きながら言った。
「分かった、しばらく部屋にいるよ。でも何かわかったらすぐに知らせてくれよな。」
ヴィクターの言葉に俺は答えると、そのまま部屋を後にした。




