第32話
「はあ・・・やっと戻って来られたな。」
ユリウスが去った後、俺とヴィクターは屋敷にあるヴィクターの執務室に帰ってきた。
「・・・」
ヴィクターは俺の言葉に何も返さないままソファーに座り、そのまま片手で両目を覆った。
屋敷に戻るまでの間、ヴィクターは終始無言だった。普段はあまり負の感情を出さないヴィクターだったが、今は明らかに不機嫌であることが見て取れた。
「悪かったよ、ヴィクター。俺が不用意だったばかりに余計なことを言って・・・」
俺は素直に自分の非を認め、ヴィクターに謝罪した。
ユリウスの質問に俺が何も考えず答えてしまったことで、相手は明らかに俺に対して何か掴んだように見えた。
それが俺が勇者であるということなのかは分からない。しかし、ヴィクター、そしてカーレイド王国に不利益をもたらす可能性が高いということは、俺でも予想できた。
「いや、良いんだ。タケルは何も悪くない。まさかあの場にユリウスが現れるなんて、まったくもって予想できなかったことだからね。それに・・・」
そこまで話すとヴィクターは俺の方に顔を向けた。
「恐らくだが、ユリウスと教会の幹部にあたる人間はタケルが”勇者”であることを知っているはずだ。だから、タケルがあの場でうまく取り繕って答えたところであまり意味はなかったと思うよ。」
「・・・え?なぜ、そんな?」
突然のヴィクターの告白に俺は頭を打たれたような衝撃を受けた。
俺の正体が教会側にバレているというのだろうか。それはなぜ?俺はこの世界に来てから今まで、自分の正体を誰にも明かしたことなんてなかった。
「別にタケルの今までの言動が原因で、勇者であることを気づかれたという話をしているんじゃないよ。元々、つまり僕らカーレイドの王族が勇者の存在を知った時期と同じ頃には、すでに教会側もそのことを知っていたんじゃないかな?」
ヴィクターは複雑そうな表情で言った。
「今朝、勇者の予言を残したシスターは、その予言を王族以外にも話してしまったかもしれないって言ってたよな?つまり、ヴィクターの言いたいことって・・・」
俺はヴィクターが何を言おうとしているのか予想がついた。
「そう、タケルが思っている通りだ。予言者であるシスターは教会、恐らく当時の教皇にも同じように話したのだと思う。「勇者の存在は教会だけに伝える」とね。」
ヴィクターは俺に答えると、何かを諦めたような表情でため息をついた。
「何でシスターはわざわざそんなことを・・・」
「これは僕の推測だが、シスターはアウストリア派教会に所属しながら、シデクス教でも原典派の考えを持っていた、つまりこの世界に生きる種族全ての平和を願っていたのではないかな?だけど勇者の存在が明るみに出れば、アウストリア派、そして魔王打倒を目指していたカーレイド王国にとって、大義名分ができる。・・・人族以外の種族を攻撃することに対してね。」
「でもシスターが教会、王国、それぞれにだけ伝えたという嘘を言ったことで、どちらも勇者を掲げて大っぴらには動けなくなった。僕ら王族もそうだが、教会だって勇者の情報を相手方には知られたくないはずさ。当然そうなると秘密裏に動くことしかできない。」
ヴィクターの話を聞いていく内に、俺はシスターが両者に嘘をついた理由に気がついた。
「秘密裏に動くってことは、どちらも大軍を動かせない。それは結果として攻撃されるかもしれなかった亜人族を守ることになる。シスターにはそういう狙いがあったってことか?」
「多分ね。まあ今となってはシスターの真意はもう確かめられないけど。」
俺の言葉に対し、少し呆れたような表情でありながらも、ヴィクターは優しく微笑み答えた。
俺は顔も声も分からないシスターを想像してみた。彼女は本当に世界の平和を願っていたのだろう。そのために教会と王国のトップに嘘をついたシスターだが、それに伴う覚悟と罪悪感は計り知れないものだったのではと思えた。
しかし、そこまでするくらいなら、そもそも勇者の予言を誰にも話さなければ良かったのではないかと思ってしまう。さすがに一人で抱えるには大きすぎる話で誰かに打ち明けたかったのだろうか。
(でも、シスターが誰にも打ち明けなかったら、俺は最初の森でヴィクターと会えず、死んでいたのか・・・)
いずれにせよ、シスターがどのような思いで予言を託したのかは、もう考えても分からないことだった。
「それで話は戻るけど、教会はタケルの存在について知っているはずさ。それでユリウスは僕に会うという建前で、実際は君の安否を確かめに城に来たのだろうね。」
ユリウスが突然目の前に現れ、俺の素性を尋ねてきた理由は、ヴィクターの話した通りで間違いないと思った。
しかし、それで納得するにはいくつか引っかかることがあった。教会は俺の正体に気がついているのなら、なぜ今まで俺に接触してこなかったのだろうか。
あちらからすれば、勇者を匿っている王国の存在は面白くなかったはずだ。場合によっては、俺を引き込む行動を教会側がいつ取ってきてもおかしくはなかった。
他にもなぜヴィクターに会いに行けば、俺に会えると知っていたのかが疑問だった。表向き俺は従者だが、いつもヴィクターとともに行動しているわけではない。
(まるでこちらの行動全てが、教会に筒抜けみたいだ・・・)
教会そしてユリウスに対し、心の奥底にずっしりと残るような不気味さを俺は感じた。
そしてその不気味さは初めてユリウスを見た時の出来事に繋がった。主観的な話であり、ヴィクターに話すかどうか、ためらいがあったが・・・
「あのさヴィクター、このタイミングで話して良いことなのか分からないんだけど・・・」
俺はパーティー会場でユリウスから感じた殺意について、ヴィクターに打ち明けることにした。




