第30話
「・・・」
無言で城内を進んでいくヴィクターの後ろを俺はついて行った。
普段は通らないような城の廊下を二人で歩いた。中庭に出た後、そのまま使用人用の休憩室に入り、そこから裏口を通り城を出て、屋敷に戻るという計画らしい。
なぜ俺とユリウスを会わせないようにしているのか理由を聞きたかったが、今のヴィクターはなんとなく機嫌が良くないような気がして、話しかけるのをためらっていた。
(まあ、俺としてもあいつに会いたくないんだけどな・・・)
先日のパーティー会場で受けた殺意は、改めて考えてみてもユリウスが発したものである気がして仕方なかった。
ヴィクターが何を考えているのか分からないが、今はユリウスを避けて屋敷に戻るという案に賛成し、俺はヴィクターとともに足早に城内を進んだ。
・・・
中庭に出た。秋も終わりが近く、冬の訪れを知らせるように今日は木枯らしが吹いていた。
どの世界に来ても冬は寒いということに違いはなかった。俺は体を少し震わせ、両腕を手でさすりながら中庭を歩き始めた。
「・・・困ります!どうかお戻りください!」
中庭の中央から何か緊迫した声が聞こえてきた。何の騒ぎかと思いながら中庭を進んでいくと、すぐにその声の正体が分かった。
声の主は一人の兵士だった。それにもう一人、男がいた。長髪の奇麗な黒髪に神父姿の男は、中庭の中央で何かを考えているようなポーズを取っていた。
あの男が誰だか考えるまでもなかった。メーテナ大教会の神父ユリウスだった。
「なぜあの男が・・・」
ヴィクターはユリウスを睨みつけながら低い声で言った。
「おい、ヴィクター?」
「ああ、分かっている。気づかれる前に戻ろう。」
俺が小声で呼びかけると、ヴィクターは頷きながら答えた。
「・・・ん、そこにいらっしゃるのは殿下では?」
俺たちが来た道を戻ろうとした時、ユリウスが声を掛けてきた。
「やはり、殿下でしたか。まさかこのようなところでお会いできるとは。」
ユリウスは俺たちに近づいてくると、ヴィクターに向かって右手を胸に当て一礼した。
「ユリウス殿。その言葉そのままお返しします。なぜこの場所にいるのですか?私は応接の間で待つようにと、そこにいる兵士に伝えたはずですが。」
ヴィクターは明らかな作り笑いを浮かべて尋ねた。
「確かに、そこの方に応接の間まで案内してもらいましたが、ふと城内の庭園に咲く花が素晴らしいという噂を思い出しましてね。殿下に会う前に一目見ておこうと思い、ここまで来たのですが・・・」
「もうじき冬だということを忘れておりました。目当ての花を見られず、さてどうしたものかと考えていた矢先、ここに殿下がいらっしゃったというわけです。」
ユリウスは奇麗な顔でニコッと笑いながら話を終えた。
「ユリウス殿、どんな理由であれ、勝手に城内を歩き回られては困ります。」
ヴィクターはいつもと口調を変えることなくユリウスに言った。しかし、それは温和な物言いではなく、敵意に近い感情が含まれていると俺には感じられた。
「カーレイド王族とメーテナ大教会は”家族”のような関係であると我々は考えております。それであれば、城であっても教会であっても私たちにとっては我が家も同然。」
「・・・しかし、殿下がそのようにおっしゃるということは、城の中には私たち教会の人間に見られては困るものがある、そのように捉えてもよろしいということですかな?」
ユリウスは笑顔のままヴィクターに尋ねたが、一瞬だけ視線が鋭くなったような気がした。
その目には嫌悪、憎悪、そして強い殺意、そのいずれか、いや全ての感情が含まれているように感じられた。
間違いない・・・パーティー会場で殺意を放った人物の正体はユリウスだと俺は確信した。




