第3話
「・・・えっとここは?」
気が付くと俺は地面の上だった。状況が分からなかったが次第に意識が戻ってきた。異世界にきて、よく分からない森をさまよい、さっきウサギのようなモンスターに殺されかけたんだった・・・
俺は現在の状況を思い出し始めた。
「そうだ!」
俺はハッとした。ウサギはどうなったんだ?思わず周囲を見渡した。
「うわあ、グロい・・・」
ウサギは俺のそばで冷たくなっていた。それが既に死んでいることは詳しく確認しなくてもわかった。頭に剣の一撃が見事に入ってしまったせいか、見えてはいけない中身が飛び出してしまっていたからだ。
「気持ち悪い・・・」
それはウサギの死体を見たからというよりは、腹部と背中から血が流れ出てしまっているためだ。幸いなことに、倒れている間に周りは血の海になってはいなかった。傷も俺が感じるより浅かったようだ。それでも血を流してしまったことに変わりはなく、俺は貧血のような状態だった。
「ずっとこの場にはいられないな。」
俺は痛みを堪えて何とか立ち上がり、川沿いを進んだ。まだ日が落ちてないため、長時間気絶していた訳では無いと思うが、このまま夜になって気温が下がれば危険である。さらに血の匂いがより強いモンスターを呼び寄せてしまうかもしれない。
「これは予想だけど・・・」
俺は歩きながら独り言のように言った。気を抜くと意識が飛びそうになるため、極力独り言を呟きながら歩き続けた。
「あのウサギはこの世界じゃ最弱モンスターっぽいよなあ・・・」
俺は自分が放り込まれたこの異世界に絶望し始めていた。まさかあのウサギよりもちょっと強いのが魔王なんてことはありえないと思う。もっと巨大で力のあるモンスターとも今後は戦っていかなければならないのかもしれない。なのにウサギっぽいモンスターと死闘を繰り広げている今の状態で、本当に魔王なんて倒せるのだろうか。
「ああ、もう帰りたい・・・」
俺は弱音を吐きながらも、足を止めることはせず、ひたすら川沿いを進んだ。とりあえず今は進むしかないのだ。生きるためにもまずは人に会わなければならない。
・・・
「あれ?今何か聞こえたような?」
ウサギを倒してから一時間かそれ以上か、しばらくの間歩き続けていると何か聞こえたような気がした。正直意識を保つのも限界で、これが幻聴なのかどうかも、もう分からなかった。
「・・・おーい!」
人の声のような気がした。人を求めて歩き続けたせいだろうか。俺の脳内が都合の良い音を勝手につくり出しているのかもしれない。
「おーい!大丈夫か!」
ふと顔を上げ、目の前を見ると長身の男が立っていた。俺はついに幻聴だけでなく、幻覚までも見えるようになったようだ。
「君が勇者なんだろう!おい、怪我してるようだけど大丈夫か?」
幻覚だと思っていた男が話し始めた。あれ?勇者って言ったか?もしかして幻覚が見えてるんじゃないのか?
「あんたは本物の人間?」
俺は朦朧とする意識の中で、意味不明な質問をしてしまった。
「はははっ!本物の人間に決まってるじゃないか!モンスターに見えるかい?おい、本当に大丈夫か?」
男は愉快に笑いながら言った。悪い男ではなさそうだ。そう思うと俺は緊張が緩んでしまったのか、急に体が動かなくなり、その場に座り込んだ。
「ああ、もうダメ・・・」
俺の体はぐったりとして動かなくなった。人に会った安心感から疲労と体の痛みが一気にあふれ出てしまったようだ。
「おいおい、よく見たら酷い怪我じゃないか。・・・少し待ってくれ!」
男はそれだけ言うと、手持ちのバッグをガサコソ探り、緑色の液体が入ったボトルを取り出した。
「これを飲むんだ。」
男はボトルのキャップを取り、俺に差し出した。正直、気味の悪い色の得体の知れないものを飲みたくはなかったが、この男から悪意は感じられず、それ以上に抵抗しようという意思すら湧かなかったので、言われるままにそれを飲み干した。
「うーん・・・あれ?」
体中に何か熱のようなものが駆け巡っていくのを感じた。先ほどまでの疲労感や体の痛みはウソのように消え去り、十分に睡眠を取った後のような気持ちの良い感覚が体を包んだ。
「...っ!」
俺はすぐに立ち上がり体を見回すと、先ほど怪我をした腹部は綺麗さっぱり傷一つない状態に戻っていた。直接見えないが背中から痛みが消えていることから、背中の傷も同様に消えてしまったようだ。
「どうだ、言った通りだろう!」
男は爽やかなに微笑みながら言った。
ここは本当に異世界なんだなと、俺は改めて実感した。




