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異世界と魔女  作者: 氷魚
第一部 異世界と勇者 第四章
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外伝 セレナとエルザ

「はあ・・・」


私はタケルの部屋の扉を静かに閉めながら、小さくため息をついた。


酷なことだと思った。成人しているとはいえ、タケルの年齢で経験するにはあまりにも酷すぎるものだった。


これが勇者としての試練であり宿命だとして、そもそも本当にこの世界は勇者が必要なのだろうか。


何となくヴィクターに尋ねてはいけない気がして、ずっと言わないでいた思いが今になって心の中で大きくなっていた。


「・・・ん?」


ふと廊下の奥を見ると、忍び足で立ち去ろうとしている女性がいた。


(あれは確か・・・)


「えっと、エルザさんでしたっけ?」


私が声を掛けると、エルザと思われる女性はその場で体を大きくビクッとさせた。


「ああ、これはセレナ様、ご機嫌いかがでしょうか。今日も一段とお奇麗で。」


エルザは振り返りながら、固い笑顔を浮かべて言った。


「堅苦しい言葉遣いでなくてもいいわ。普通に話して頂戴!」


「あ、それはありがとうございます。でも、私はこれで失礼しますので・・・」


エルザは私に一礼するとすぐに立ち去ろうとした。


何となくだが、エルザはここに来たことをあまり知られたくなかったみたいに見えた。


「えっと、あなた、何かタケルに用があったんじゃないの?」


立ち去ろうとするエルザを引き留めるように私は尋ねた。


「はい、詳しくは知らないのですが、タケル様が昨日大変な事件に巻き込まれたと聞きまして、それで私、居ても立っても居られなくて・・・」


エルザは沈んだ表情で俯きながら言った。


(この人って確か薬師で、何かの研究でタケルが協力しているんじゃなかったっけ?)


一度だけ魔法訓練中に見かけたことがあった。その時はただの仕事関係の人って感じだったけど・・・


「今タケル寝ちゃってて。昨日から全然眠れてなかったのか疲れてたみたいなの。」


タケルは泣き止むと同時に、そのままベッドに倒れ込むように眠ってしまった。


緊張が解け、一気に疲れが出たのだと思う。今はただ休ませてあげたかった。


「いいえ、いいんです!というより、私が来たところでタケル様の力にはなれないですし、多分出直すこともないと思います。」


「そんなことないと思うけど?あなたが来たらタケルもきっと元気になるんじゃないかしら?」


社交辞令などではなく、私は本心からの思いを言った。


タケルが目覚める頃には、私はもうこの国にはいない。だったらせめて、タケルのことを想ってくれる人がタケルのそばにいてほしいと思った。


「でも私にセレナ様みたいなことは言えません。どんなときでも私はタケル様の味方でいたいと思っていますが、こんな時どんなことを言えば良いのか、全然何も浮かばなくて・・・」


「別に言葉を掛けることだけが、相手を元気つけることになるとは限らないんじゃ・・・って、”私みたいな”って、あなたもしかして聞いてたの!?」


「全てではないのですが、大体の話は。ごめんなさい!盗み聞きするつもりはなかったのですが、何となく部屋の前から離れられなくってしまいまして・・・」


エルザはそこまで言うと深く頭を下げた。


私は自分の顔が急に熱くなっていくのを感じた。


・・・


「盗み聞きしたことは不問とします。それで、さっきも言ったけど別に何かを言うんじゃなくて、そばにいてあげるだけでも、大分心強いんじゃない?」


私は「コホン」と大げさに咳ばらいをしてから何事もなかったかのように言った。


「それは私の役割ではないと思います。最初はセレナ様のおっしゃる通り、そばにいるだけでもって思いましたが、セレナ様とタケル様の話を聞いて、思い直しました。」


「タケル様はもっと強くなるために戦い続けていくのでしょう?それなら私は私の戦いでタケル様の力になりたい。それが私にしかできない役割なんだと思います。」


エルザは真っ直ぐと私を見ながら言った。


迷いがなかった。きっとタケルを信じているから、エルザは自分の信じた道を突き進めるのだろう。


エルザの言葉を聞いた私は、心に広がっていた不安な気持ちがスッと消えていくのを感じた。


「しかし、あなたも難儀な性格ね・・・タケルはもっと単純な方が伝わると思うのだけど?」


「えっと、それはどういう意味でしょうか?」


エルザはよく分からないといった表情で首をかしげた。


「いいえ、何でもないわ。・・・引き留めて悪かったわね。もう行っても良いわよ。」


「はい!それでは失礼します。これから研究室でやらなきゃならないことがたくさんありますので!」


エルザは笑顔で私に挨拶すると、そのまま走り去っていった。


「・・・あんたは一人じゃないわ、タケル。だからどんなことでもきっと乗り越えられるって信じているから。」


私はタケルの部屋の前で小さくつぶやくと、そのまま屋敷を後にした。

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