第25話
「はあ、とりあえず掃除はこんなものか・・・」
俺はセレナが着替えに行っている間、散らかってしまった部屋を片付けていた。
濡れてしまった部分は弱い火魔法で乾かしたが、十分ではないように思えた。
「まあ、最低限片付いたから良しとするか。」
俺は自分を納得させるように言った。
「おまたせ!うん、まあまあ奇麗になったみたいね!」
部屋に戻ってきたセレナは偉そうな態度で言った。
先ほどまでセレナはドレス姿だったが、今は魔法訓練用の軽装になっていた。見た目は何と言えば良いのか・・・俺の居た世界の中学校のジャージみたいな服装だった。
(こいつ、帰国するんだよな?この格好で帰るのか?)
ジャージ姿で帰国してくる王女を迎えるだろうトランテ王国の国民が少し不憫に思えた。
「ん、なに?何か言いたげね?」
俺の心を読んだかのようにセレナはジトッとした目で俺を睨みながら言った。
「別に何でもないよ。」
「そう、それならまあいいわ。・・・それじゃあ、タケル。何があったのか全部話しなさい。」
セレナはベッドに腰掛けながら、真剣な表情をして言った。
・・・
俺は昨日あったことを全てセレナに話した。俺が話す間セレナは一言も口を挟むことなく、静かに俺の話を聞いていた。
「・・・そう、そんなことがあったんだ。」
俺が話し終えると、セレナは悲しげに一言つぶやいた。
「俺って最低なんだ。友達の命を助けることよりも、敵を殺すことしか考えられなくて・・・そんな俺をさ、ヴィクターは「モンスターと一緒だ」って言うんだ。」
俺は自虐するように言った。
「ヴィクターの言う通りなんだよ。俺はあの時本当に”モンスター”だったんだ。何でもっと冷静でいられなかったのかな・・・そしたらトミーだって。」
俺はセレナに話しながら、改めて自分がしたことの過ちを認識し、心の中の後悔が膨れ上がっていった。
「・・・」
セレナは黙っていた。きっと話を聞いて、俺に対して幻滅しているに違いなかった。
セレナにどんなことを言われても、俺はそれを受け止めなければならないと思った。
「・・・ヴィクター様がどういうつもりであんたを”モンスター”って言ったのか、私には分からない。うーん・・・だけど、あんたの話を聞く限り、私は別にあんたに悪いところがあったなんて全然思えないわ。」
セレナの言葉は俺の予想しないものだった。
「何を言っているんだ!ちゃんと俺の話を聞いていたのか!?」
「失礼ね、聞いてたわよ!その上で私は言っているの、「あんたは悪くない」って!」
セレナは目を吊り上げて俺を指差しながら言った。
「大切な友達が殺されそうになったんでしょう?そんなの頭の中が怒りでいっぱいになって当たり前じゃない!」
「・・・でもそんなのモンスターと一緒だろ?もういいよ、気休めはよしてくれ。」
セレナは俺を励まそうとしてくれているのだろう。だがその言葉がかえって今の俺には辛かった。
「気休めなんかじゃないわよ!・・・そうね、あんまりこういう例えは好きじゃないんだけど、もしヴィクター様やタケルが誰かに襲われて死にそうになったら、私はそいつを絶対に許さないし、必ず殺すわよ!」
セレナは俺の目を見てはっきりと言った。その言葉が嘘ではないことはすぐに分かった。
「でも、もし敵を殺すことをさっさと諦めていれば、命を助けられる可能性が高くなるんだぞ?それだったらセレナだってそうするだろ?」
「馬鹿ね!緊急時に私がそんな冷静な判断できるわけないじゃない!多分その時の私は敵を皆殺しにすることで頭がいっぱいで、人命救助は二の次よ!」
とんでもないことをセレナは宣言したが、彼女が本気だということは、その目を見れば明らかだった。
「それに私だったら、あんたみたいなボヤ騒ぎ程度の魔法で済ます自信はないわね!きっとその辺り一帯を洪水にして敵を必ず一掃するわ!」
セレナはふんっと鼻息を鳴らすようにして言った。
やっぱりめちゃくちゃな女だ。もしその時点で俺やヴィクターが生きていても、セレナの引き起こす洪水でとどめを刺されることになるのではないだろうか。
「でもさ、それが”人間”なんじゃないの?」
「・・・人間?」
俺は意味が分からず聞き返した。
「そう、大切な人が殺されそうになったのよ。そりゃあ、何よりも第一にその人の命を助けることを優先する、そうすべきだって分かるけど、きっとそんなことになったら誰だって憎しみで頭がいっぱいになると思う。」
「そしてその憎しみが心を支配して相手を殺す原動力となる。でもそれは大切な人を思う気持ちがあるからこそなの。そんな気持ちはモンスターには存在しない、人間だけのもの。」
「だからね、タケル。あんたはモンスターなんかじゃない。怒りも憎しみも大切な人を思う気持ちも持っている、一人の立派な”人間”よ。」
セレナはそこまで話すと、立ち上がって俺の手を両手で握りしめた。
「・・・」
俺は自分の行いを、最低なモンスターそのものだと思っていた。だけど、セレナはそんな俺がしたことを、”人間”だからこそだと言ってくれた。しかし・・・
「まあ、ヴィクター様はいつでも冷静な人だから、同じような場面に遭遇しても、最善な行動ができるんでしょうね!でもね、タケル。あんなの普通の人間にはマネできないから参考にしない方が良いわよ!」
セレナはうんざりするような顔をして言った。
「だけど、俺は勇者なんだ。普通の人間と一緒じゃダメだ。俺もヴィクターみたいに常に冷静で最善な手段を選べる人間にならないと・・・」
俺は俯きながら、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「・・・ねえ、私が魔法を鍛えているのにはいくつか理由があるんだけど、その内の一つは今回のようなことのためなのよ。」
セレナはため息をつきながら話し始めた。
「どういうことだ?」
「私はね、こうだと思ったら突っ走るから、絶対に冷静な判断なんてできないって思ってる。もし、私の選択で大切な人が助けられるとしても、それを選ぶことができないかもしれない。だからね・・・」
セレナはそこまで話すと目を閉じ、一度軽く深呼吸をした。
「だからね、私はもっと強くなることにしたの。魔法をもっと極めて、大切だと思う人を危険な目にすら遭わせない、そんな圧倒的な存在になりたいって思って、毎日魔法の訓練をしているの。」
「タケル、あんたは「勇者でありたい」っていうなら、もっと強くなるしかないんじゃない?ヴィクター様のようになる必要なんてない。もっともっと強くなって、誰も死なせないような勇者になればいいのよ!」
セレナは優しい穏やかな表情で話し終えた。
強くなる。確かに俺にはそれしかないのだと思った。
誰もが敵わないと思わせるくらい強くなって敵を圧倒し、守りたい人を守る。
俺にできることはそれしかない。
だけど、昨日の時点で俺は黒装束たちに力の上では圧倒していたはずだった。それなのにトミーのことを守れなかった。
強さだけの問題ではないのかもしれない。昨日あの時、黒装束と戦う俺は、本当は何を考え、何を思っていたのだろうか。
「・・・ところでさ、あんた全部話すって言ったくせに、まだ私に話してないことがあるんじゃないの?」
セレナは俺の前に立ち、腕を組みながら言った。




