第21話
「はあ・・・はあ・・・」
俺とトミーは全力で走り、路地裏の奥まで逃げ込んだ。
大した距離を走っていないにもかかわらず、緊張からか俺は息切れを起こしてしまっていた。
「はあ・・・トミー、ありがとう。本当に助かった。」
俺は息を整えながらトミーに言った。
トミーが来てくれなければ本当に危なかった。
「・・・おい、タケル!なんでお前、敵に囲まれる前に最初に攻撃してきた奴を倒しておかなかったんだ!?」
俺の言葉に答えることなく、トミーは強い口調で言った。
「・・・いや、攻撃はしたんだが、ライトボールの効きが悪くて。」
「違う、なんで相手を殺さなかったかって言ってんだ!ライトボールじゃ、致命傷は与えられない!どうしてそんな攻撃を選択したんだよ!?」
トミーから今までにないほどの怒りが伝わってきた。
「・・・人を殺せって言うのかよ。」
しかし俺は、そんなトミーを睨みながら反論するように言った。
先ほどまで助けてくれたトミーへの感謝の気持ちで一杯だったが、今はトミーの言葉で怒りの感情が芽生え始めていた。
「そうだ!じゃなきゃお前確実に死んでいたぞ!やらなきゃやられる、そんなことお前だって分かってんだろ!」
トミーは俺の肩を掴んで怒鳴るように言った。
「・・・そう簡単に割り切れるわけないだろ。人を殺すんだぞ?」
俺はトミーから目を逸らし、言い訳のような言葉を口にした。
「・・・お前、剣はどうした?」
トミーは俺の腰にある剣のない鞘を見て言った。
「敵に取られた。変な鎖使いがいて油断したんだ。」
「・・・じゃあ、何だお前?人を殺したくないって理由なだけで、倒せる相手に全力を出さずに、挙げ句に剣まで取られて殺されかけたって訳か?はっ!飛んだお笑い種だな!」
トミーは話しながら俺を馬鹿にするように笑った。
「・・・」
しかし、そのようなトミーに対し、俺は何の反論もできなかった。
「戦闘に入る前に「覚悟はできているか」って俺聞いたよな?俺たち兵士は国を守る以上、いつかは誰かを殺さないといけない。そりゃあ、誰も死なせないで済むのが一番だってことぐらい俺にも分かる!だけど、そのために自分の命を落とすなんてことはあっちゃならないんだよ!」
「俺はタケルにこんなところで死んでほしくないんだ!頼む!俺のため、国のため、そして自分自身のため、覚悟を決めてくれ!」
俺はトミーの言葉に強い衝撃を受けた。
(覚悟ってそういう意味かよ・・・)
俺は剣や魔法があるこの世界で生き残るという意味をまったく理解していなかった。
やらなきゃ、やられる・・・そういう世界で生き残るためには”覚悟”が必要だったはずなのに、俺にはどうしてもそれができなかった。
「・・・まあ偉そうなこと言う俺もまだ誰も殺したことなんてないんだけどな。願わくは、そんな場面一生来ないでほしいと思ってたんだが・・・」
トミーは先ほどとは打って変わったようにいつものお調子者の笑顔を浮かべて言った。
「え、でもトミー?お前が相手していた黒装束はどうしたんだよ?」
「ああ、実は・・・」
突然、話の途中でトミーは俺に向かって倒れ込んだ。
「・・・トミー!」
俺は慌ててトミーを抱きかかえた。
近くで見るとトミーの顔が真っ青だった。
それだけではない。トミーを抱きかかえた際に背中に触れたが、手に何かべちゃっとしたものが付いたような気がした。
すぐに手を見ると、俺の手は真っ赤に染まっていた。
「・・・おい、何だよこれ?」
頭が真っ白になった。トミーに何が起こったのか全く理解できなかった。
「・・・悪いな、タケル。俺の実力じゃ、あいつらを倒すことができなくてさ。でも明らかにお前の方に敵が集まっているのが分かっていたから、もう切られる覚悟でお前の元に向かったんだよ。」
「でも・・・案の定背中を切られちまって、このざまだ。」
俺にもたれかかったトミーは、いつもの調子で話していたが、その声は次第に弱々しく、小さくなっていくのが分かった。
「何で俺なんかのために・・・」
「・・・俺はこの国の人たちを守るために兵士になったんだ。その中には友達だって含まれてるんだよ。」
トミーは目を閉じたまま、ニカッと笑った。
「・・・どこかの国じゃ、背中を切られる・・・のは、恥・・・みたいな話を聞いたことがあるけど・・・カーレイドにはそんな価値観ない・・・よな?」
トミーはそこまで話すと急に静かになった。
俺はトミーを見ながら一瞬だけぼんやりとしてしまったが、すぐに我に返り、トミーの意識を確認した。
(完全に意識がない。いや、それだけじゃない・・・呼吸もしていない。)
「・・・」
訳が分からなかった。なぜトミーが俺の腕の中で動かなくなってしまったのか・・・
(ちょっと前まで二人で馬鹿みたいな話をしていたのに、どうしてこんなことになるんだよ!)
「・・・!」
突然、前方から何かが飛んできた。しかし、俺は避けることなくそれを手で掴んだ。
ナイフだった。刃の部分を掴んだことで血が出ているが不思議と痛みはなかった。
気がつけば、殺気に囲まれていた。路地裏のためか前からだけでなく、建物の上からも気配を感じた。
「・・・」
俺はゆっくりとトミーを横たえた。そして、トミーの持っていた剣をそのまま借りた。
気持ちが悪かった。今まで感じたことのないような、よく分からない感情が自分を支配していくのが分かった。だが一方で、冷静である自分もいた。
俺はゆっくりと剣を構えた。
再び、前方から何かが飛んできた。それが何か俺にはもう分かっていた。
鎖だった。俺は飛んでくる鎖を冷静に観察し、鎖と鎖のつなぎ目に向かって剣を振った。
鎖は切り離され、その場に落ちた。
鎖が落ちると同時に、俺はそのまま前に飛んだ。そこには鎖を投げた黒装束がいた。
黒装束の姿は目しか見えなかったが、その目は驚きに満ちているのが分かった。
「・・・」
俺は静かに黒装束を頭から斬りつけた。黒装束は自分の身に起こったことが分からなかったのか、その場で棒立ちになっていた。
しかし、すぐに斬られた箇所から血が噴き出し、黒装束はそのまま真後ろに倒れた。
目の前にいた俺は、黒装束の返り血を全身に浴びた。
「・・・」
黒装束たちは俺の反撃が予想外だったのか、少し後方に退いたように感じられた。
しかし、もうそんなこと俺には関係なかった。
「お前ら!!”覚悟”はできているんだろうな!!」
俺は黒装束たちに向かって叫んだ。そして、そのまま黒装束たちに飛びかかった。




