第八話 侘び寂び
二日ほど過ぎた日の昼前、俺達は森の中にいた。
「ねぇ、まだ森は抜けないのかしらぁ?」
アウリエラが文句を言ってきた。
「そうは言ってもな、木が邪魔で移動の速度が落ちてるんだ。我慢しろ。」
「ラキエル、私お腹が空いたわ。ねぇ、お昼にしましょう。」
「そうだな。少し先に大きめの池があるっぽい。そこで飯にしよう。」
「賛成ー。」
機嫌が良くなったようだ。
しばらくして、池までやってきた。空気がとても静かで落ち着く。今は風もないので、水面に景色が反射してとても美しい。
「わぁ。綺麗ねぇ。」
「あぁ。」
俺は飯の準備をしようとして、御者席から降りた。すると突然、
ぽちゃんっ
静寂の中に一点、弾むような音が響き渡り、不自然だが妙に心地が良くなった。
「「っ!」」
俺とアウリエラはすぐに構えた。なんだ今の引き込まれるような感覚は。何かの術か。
「ほっほっ。これは『侘び寂び』と言うものじゃ。」
「誰⁉︎」
アウリエラは驚く。
「まぁまぁ。そう警戒するでない。ところで、お主らは先程まで侘び寂びを知らなかったと見える。初めてでこの良さを感じるとは、中々才能があるぞい。」
声の先を見ると、池の横で奇妙な服を着たご老人が釣りをしていた。雪のように白い髪で、後ろで結っているのにも関わらず、腰より少し高いところまで長さがある。目が線のように細く、白い髭が鼻の下にハの字に生えている。
いつからそこにいたのか。いや、俺達が来るよりもずっと前からここにいたのだろう。それでも全く気配を感じなかったところから察するに、このご老人、できるっ。
「ねぇ、そのワビサビ? って何かしら。」
アウリエラがご老人の方へ歩いていく。仕方なく俺も着いていく。
「ほぉ? 興味があるのかい、お嬢さんや。いいじゃろう。質素こそが至福であるという侘び。そして流れの美しさこそが至高であるという寂び。この二つを組み合わせ、侘び寂びというんじゃ。この池がまさにそれを示しておる。」
「どうゆうこと?」
アウリエラが疑問を示す。宝石や絵画など、豪華で形に残るものを好むのは貴族して当然というか、アイデンティティでもある。だがそれとは全くの逆を行く侘び寂びという思想に、彼女だけでなく、俺も興味を持ってしまった。
「目の前の景色を見てみなさい。さて、お嬢さんの目には何が映っているかな。」
「えっと、池と、木と、草、あと石。それ以外は…特にないわね。これが侘び寂び?」
「ほっほ。そう焦るでない。今にわかるのでな。」
そういうとご老人は、傍の石を手に持ち、それを池のへ投げた。
ぽちゃん
石は池の中央に落ち、音が反響する。同時に池に波紋が広がり、しばらくすると再び静寂が戻ってくる。
「……。どうじゃ。これが侘び寂びじゃ。」
「なんだかとても、儚いわね。」
「あぁ、だがとても落ち着く。」
「ほっほっほぉ。じゃろ?」
すると、静寂を壊すように、後ろから声がした。
「お爺ちゃーん。ご飯できたよー。」
「全く。騒がしいのが来おったわい。」
ご老人は嫌そうな顔をした。
「お爺ちゃ、げっ! だ、誰ですか! あなた達!」
「少なくとも、お前さんよか話がわかる子達じゃの。」
ご老人は嫌味ったらしく言った。
出てきたのは女の子だ。褐色の肌をしていて、黄色い目をしている。黒髪でボブヘアー、頭からは二本の角が一周ぐるりと回って生えている。魔族だ。
「まぁた、ワビサビとか言うのの話ぃ? そんなのいいから早くご飯食べよ!」
「そんなのとはなんじゃ! お前さんが考えとるほど軽いもんじゃないぞい!」
さっきまでのご老人の、師匠的な雰囲気が一気に消え、孫に手を焼くただの爺さんになってしまった。
「これは寂び、かしらね。ふふっ。」
アウリエラがこそっと笑う。
「ははっ、どうだかな。」
思わず笑ってしまった。
「そうじゃ。お主ら昼飯まだじゃろう? よかったら食べていきなさいな。」
「えぇっ、まぁお爺ちゃんがそういうなら、明日の分も出すようにお婆ちゃんに言って見るけど……。」
「決まりじゃな。」
決まったようだ。
「では、ご相伴させていただきます。」
「ありがとうございます。」
俺達は池を後にした。
途中、皆んなで自己紹介をした。ご老人は刃一郎、魔族のお嬢さんはソラと言うらしい。そうしてしばらくすると、木造二階建ての一軒家に着いた。森のイメージにピッタリな家だ。
「さぁ、いらっしゃい。ここが儂らの家じゃ。」
「素敵ですわ。」
「それに良い匂いがするな。」
すると家の扉が開き、老齢の女性が一人出てきた。刃一郎さんと同じ色の髪を同じ様に後ろで結んでいる。目は切長で、刃一郎さんよりかは開いている。あと、まつ毛長い。
「おや、誰だい、あんた達。」
「初めまして。俺はラキエルだ。」
「初めまして。私はアウリエラです。」
俺達が自己紹介をすると向こうも名乗った。
「そうかい。あたしゃ、桜だ。」
「どうじゃ、見た目に反して可愛い名前じゃろ?」
茶化した刃一郎さんの頭を、桜さんは思い切り叩いた。
「ところで刃。この子達を連れてきたってことは、遂にやるんだね。」
桜さんの意味深な言葉に刃一郎さんはいた。
その後、皆んなで飯の準備をする。今日はカレーという料理だそうだ。とても良い匂いがする。準備が終わると席に着き、刃一郎さん達が手を合わせた。
「「「いただきます。」」」
「何ですか、それ。」
気になったので聞いてみた。
「ん? これか? これはじゃな、儂らの故郷に伝わるものでな。全ての食材、そして命に感謝を示しとる、礼のようなものじゃ。」
「刃一郎様と桜様のお名前やその服といい、今の礼といい、もしかして極東出身ですか?」
極東。母さんから聞いたことがある。大陸の東にある国のことで、大陸のどの国とも違う『和』という文化があるそうだ。
「おぉ、そうじゃよ。」
しかもその国は、海の中にあり魚人と呼ばれる水族が住んでいるらしい。
「ということは、刃一郎さんと桜さんは、魚人なのか?」
「そうじゃ。ほれ、この通り。」
刃一郎の爺さんはそう言って腕を見せてくれた。桜さんも見せてくれた。その腕には鱗が生えていた。
「ほっほ。どうじゃ? 見るのは初めてか?」
「えぇ。」
アウリエラが答えた。
「恐ろしいか。」
「いいや。むしろ綺麗だと思う。」
何せ、窓から差し込む光が反射して鱗が輝く様は、とても美しいのだ。
「私もそう思います。」
「ほっほっ。そうか、そうか。」
桜さんは少し驚いた顔をしていた。刃一郎さんはよく笑う方だ、と思った。
「もうっ、喋ってばかりいないで食べて。」
ソラさんがそう言うと
「そうだよ。せっかくの料理が冷めちまう。」
桜が付け加えた。
「そうじゃの。食べるとしよう。」
カル芋のこともあり、見た目で判断するのをやめた俺達は、カレーという食べ物をあっさり口に入れた。皆んな目が驚いていた。まぁ、この見た目だかんな。でもうまい。