第七話 喋る妖
朝、突然頬をペシペシと叩かれる。
「ほらラキエル、起きなさーい。もう朝よー。」
「んん? あぁ、わかった。」
そうやって俺はあまりに重すぎる体を起こした。修行のせいだ、間違いなく。
「おはよう、ラキエル。」
自分の家で母さん以外に起こされるのは初めてだからとても新鮮だ。
「あぁ、アウリエラ。おはよう。」
「ご飯できてるから。早く食べて、出発しましょう。」
まるで夫…いや、考えるのをやめよう。
「おう。ありがとう。」
外に出て、待っていたウェオルナとも一緒に飯を食べた。」
食事の後、出発の準備をし終えた俺達は、いよいよ森を出ようとしていた。
『気をつけて行ってきなさい。』
「「行ってきます!」」
二人声を揃えて言った。俺は手綱を握り、馬車を進める。
するとあっという間に森の外へ出た。少し寂しさを感じながら気持ちを新たに、馬車を進ませる。
精霊の森を出発してから一日。俺達は途中のカル村に滞在していた。
「いやぁ、こんなちっぽけな村によぅ来てくださいました。お疲れでしょう。さぁ。村特産のカル芋ですじゃ。美味しいですぞぉ。」
そう言って村長のソンさんは、紫色の長い食べ物らしきものをくれた。どうやって食べるんだ? アウリエラも食べ方がわからないのか、カル芋と呼ばれるそれと睨めっこをしていた。
「おっと、これは失礼。カル芋は初めてですかな。どれどれこれはこうするんですじゃ。」
そう言ってソンさんはカル芋を二つに割った。すると鮮やかな黄色が中いっぱいに詰まっていた。甘い匂いもしてくる。
ソンさんは紫の皮を剥き、カル芋を手渡してくれた。
「さぁ、召し上がってください。」
俺はその匂いにたまらず、大きく口を開けかぶりついた。
うんまい。
それを見てアウリエラも小さな口でかぷりと一口。たちまち彼女の顔はとろけた。気に入ったようだ。
翌日、出発する際に籠に入ったカル芋をもらった。少し多い気もするが遠慮せずいただいた。
その日の夜は、ちょうど草原を通ったのでそこで野宿をした。草の上に寝転がりながら見る星空は控えめに言って最高に綺麗だった。この景色は忘れないようにしようと、目に焼き付けた。
その次の日、俺達は、迷った。仕方ないのだ。馬車を進めていたら、辺りが急に霧に包まれ、気づくと廃墟の村にいたのだ。
馬車を降りて辺りを散策する。
不思議な気配がする。
「ラキエル、これってもしかして。」
「あぁ、おそらく。これは――」
これはそう、アウリエラの中に感じるものと同じ、流星の力だ。
シュンッ
「アウリエラ!」
「なに――」
ドォン!
後ろからなにか飛んできた。俺は慌ててアウリエラを庇う。
「大丈夫か?」
「えぇ、ありがとう。それより、あれ…。」
そこには大男の妖ともう一体、手足が異様に長い細身の妖がいた。
「二体かよ。お前は下がってろ。」
「えぇ、でも支援術くらいはかけさせて。」
できるのか。
「引きこもってる間に色々勉強したし、ウェオルナ様からも少し教えてもらったのよ。」
エスパーかな?
「くるわよ。」
大男の妖が上へ飛び、細身の妖が腕を鞭のようにしならせ、攻撃をしてきた。
キイィン
我が愛棒でそれを弾く。同時にアクリエラが後ろへ飛んだ。
ドオオォン!
次に、飛んできた大男の妖の叩きつけを受け止めた。
「身体強化付与!」
アウリエラが支援術をかけてくれたようだ。いつもの数倍の力が出せる。続けて、
「モード パワー」
マナを使った、筋肉組織の再構築。俺だけが使える固有星術、ユニークだ。今回は筋力特化の筋肉を選ぶ。
「ああぁ!」
大男の妖を弾き飛ばす。
間髪入れず、細身の妖が肉薄する。
「っ!」
キンッ!
その斬撃をなんとかガードしたが、横に吹っ飛ばされてしまい、廃墟の一つに突撃する。
「いってぇ。」
目を開けると目の前に刃が迫ってきた。
パァァン
もっと吹っ飛ばされた。まずいな。アウリエラから離された。
細身の妖は俺の方へ、大男の妖はアウリエラの方へ向けて歩き出した。
早く戻らなければ。
「モード スピード」
今度は瞬発力特化だ。足に力を入れ、思い切り地面を蹴る。
一気に細身の妖の背後を取った。
斜めに振りかぶった愛棒を思い切り振る。細身の妖はガードが間に合わず、吹き飛んだ。
アウリエラはーー
ドゴオォ
彼女の方で横に火柱が走った。
「うぉっ。なんだ?」
急いで向かう。
辺りは微かに燃え、大男の妖の右上半身がごっそりなくなっていた。だがまだ彼女の方へ向かっている。
大男の妖の胸の中に何か光るものが見える。
なんだかわからんが、今なら。
「うおぉぉぉ!」
地面を蹴り出し、その光るものに向けて愛棒を振った。
パリン
その音と共に大男の妖は溶けるように消えた。
反対を向くと、疲れ切ったアウリエラがいたので俺は駆け寄った。
「大丈夫か? すごい汗だ。」
「えぇ、ありがとう。大丈夫。」
「これはお前が?」
「言ってなかったっけ。私のユニーク、『増幅』よ。あらゆるものの規模を大きくできるの。星術と増幅を一気に使うと、マナの消費がバカにならないけどね。」
「ははっ。すごいな。」
「当然っ。このくらい――」
「この程度か。」
突然、聞き慣れない声が聞こえた。
「誰だっ!」
俺は声のする方に振り返った。
すると、黒髪黒目で、パーマのかかった髪が肩まで伸びている小柄な少年がいた。
「期待外れだな。あの程度一瞬で片付けてもらわなければ。」
「あなた、何者?」
「僕に聞くより先に自分が名乗るのが礼儀じゃないか。お嬢さん。」
「アウリエラよ。あなたは?」
彼女の笑顔にほんのり怒りを感じる。
「僕はゼルギア。そっちは?」
今度は俺に聞いてくる。
「ラキエルだ。」
「そうかぁ。ラキエル、アウリエラ、よろしく。」
「それよりお前は何者だ。」
「僕は僕だ。」
そう言うことじゃない。
「質問を変える。お前は人族か?」
そんな質問はしたが、見た目だけで言えば奴は人族だ。だがその体内には異常な量のマナが渦巻いている。しかも、その奥底から、流星のものと思われる力を感じる。しかしアウリエラのと比べると随分と小さいし、それ以外を感じない。アウリエラのは、もっとこう……なんと言うか、暖かいのだ。
「あぁ、そう言うことか。僕は人族ではない。君達の言うところの、妖だ。他とは違って少々特殊だが。」
少々? 嘘をつけ。人語を喋る上に、マナ量はさっきの奴らとは比べものにならない。
「あなたの目的は?」
アウリエラが切り出す。
「安心しろ。少なくとも今日のところは殺さない。観察しに来ただけだからな。だがそれももう終わった。」
突然霧が濃くなり、ゼルギアの姿が見えなくなっていく。
「僕の手下を倒した褒美をやろう。流星を集めろ。」
「待って! それはどういう――」
アウリエラが手を伸ばすが、視界が霧にに包まれる。
気づくと廃墟は消え、霧に包まれる前の道にいた。横にはアウリエラがいて、後ろの方に馬車も見える。
「なんだったんだ、今の。」
「流星を集めろって一体……。」
アウリエラが疑問を呈す。信用はもちろんできないが、なぜか俺もアウリエラも、それを無視することはできずにいた。
「とりあえず、言われた通り集めてみるか。流星。」
「えぇ、そうね。」
馬車へ戻り、ゼルギアの言葉を念頭に置きながら、再び進み出した。