第六話 星の祝福と妖
都市を出発してしばらくすると、精霊の森の前まできた。
「ねぇ、なんでまた精霊の森に? こんな危険地帯になんかあるの?」
アウリエラの疑問は当然だ。世間一般では精霊の森は、多種多様な獣が住んでいる危険地帯という認識が定着している。間違ってはいないが
「それは精霊の森の外側の部分に限った話で、中心部は割とそうでもないぞ。」
「え、そうなの?」
アウリエラは俺に疑いの視線を向ける。
「本当だ。」
少し森に入ったところで
「じゃあ今から転移するぞ。どっか掴まっとけ。」
外へ出る時は結界の外に出るだけで自動的に森の外に出るようになっているが、内へ入る時は少し準備がいるのだ。
「わかったわ……え、転移?それっ――」
アウリエラが何か言いかけたところで転移術が発動した。
一瞬で景色が変化する。
「――て、結構…あれ、ここどこ? まさか、本当に転移したの?」
信じられない、という表情だ。
「あぁ、そうだよ。さて、降りようか。」
俺は御者席から降りて、幌の後ろへ回り込む。
「お手をどうぞ、お嬢様。」
紳士の嗜みだが、初めてなので、思ったより緊張する。
「あ、えぇ、ありがとう。」
アウリエラが俺の手を取って幌から降りる。これは、思ったよりも恥ずかしい。
「わあぁ、なんで綺麗なの…。」
森の奥深く、辺りを美しい緑に囲まれる場所はそれだけで十分美しいが、木々の間から漏れ出す陽の光によって、一層幻想的に見えるのだ。
「あれは、なに?」
彼女が指刺した方向には、小さな小屋と井戸が一つあった。
「あぁ、あれ俺の家。」
「え、嘘でしょ。」
またもや信じられないという表情だ。
「嘘じゃない。それより…おーい。母さーん。」
何を急に叫び出しているんだと言いたげなアウリエラ。しかし、彼女は俺の行動の理由をすぐに知ることになる。
『一日中帰ってこないと思ったら、女と朝帰りとは。さぞ良い気分でしょう。ねぇ?ラキエル。』
元々冷たい声が更に冷たくなり、いよいよ物理的な寒気まで感じてきた。すごく、怒ってる。
「わ、悪いな、母さん。少し問題が起こって…」
『ならば念話の一つくらい寄越しなさい! 一体私がどれだけ心配したと思っているんですか! 本当に探しに行こうかと思ったのですよ!』
念話はしているが、拗ねているのか姿を全く現さない。
「す、すまない。」
すると
「ねぇラキエル、さっきから頭に響くこの声ってもしかして、あなたのお母様?」
「っ ⁉ 」
『っ ⁉ 』
アウリエラの言葉に俺達が驚いた理由を説明しよう。念話とは発信者が受信者へ向けて思念を送信する術だ。これには発信者と受信者の間に、ある種の特殊なパス、思念の通り道のようなものを作らなければならない。つまり、母さんの思念は母さんとパスを繋いだ俺しか受信できないということだ。
『ありえない。まさか…そんな。』
「なぁ、少し話を聞く気になっただろう?」
すると納得してくれたのか、何もないとこから、母さんが現れた。
「っ ‼ え? ら、ラキエル? ももしかしてあなたのお母様って…。」
なにやら、母さんを知っているような言い方だ。
「あぁ、紹介する。俺の母だ。」
『初めまして、私の名前はウェオルナ。ラキエルの母です。』
「聖、獣…様。本当に⁉」
アウリエラは驚きと感動を隠せていないようで、目を真ん丸と開き、ピカピカと輝かせている。
『えぇ、あなたの言う通り、私は聖獣です。』
聖獣。獣族の中で、生きながら神に認められ力を与えられた存在のことだ。
「すごい、本で呼んだ通り、すごく美しいわ。」
『嬉しい言葉をありがとう。それはそうと、さっそく本題に入ってもよろしいかしら?』
「え、えぇ。もちろんです。」
アウリエラは思わず見入ってしまったことに気づき、焦りながらも二つ返事で了承する。俺も気になることが多いので要望に応じる。
「実は――」
俺は、都市にいる間に起きたことを事細かく話した。
「――というわけなんだ。」
『なるほど、念話ができない理由は一切分かりませんでしたが、それは後にしましょう。』
いやまあ、仕方ない。甘んじて受け入れよう。だが正直とても怖い。
「何か知ってることはあるか?」
「あったら教えていただきたいのです。些細なことでもいいので…。」
アウリエラはどんな小さなことも見逃すまいという思いで言った。
『わかりました。できる限りお話ししましょう。』
俺達は互いの顔を見て静かに喜んだ。
『まず、あなた達が見た銀の怪物について。あれは、ここ最近出現し始めたもので、知っている者の間では、妖、と呼ばれています。全身が高密度のマナで構成された、言わば意思を持った、マナの集合体と思われます。』
マナの集合体ってあんな気持ち悪いのか。
『次にアウリエラさん。あなたについて。』
「は、はい!」
いきなり自分のことと言われて戸惑いながらも、しっかりと耳を傾ける。
『昔あなたが触れたという流星。それもおそらく、マナの塊だと思われます。星の祝福と呼ばれる流星軍については、今なお研究され続けていますが、その正体がなんなのかはまだあまり解明されていません。辛うじてわかっているのは、高純度、高密度のマナが結晶化したものだということと、触れた者は皆絶大な力を得るかわりに狂気に犯されるということだけなのです。それ以外は私にもわかりません。』
まぁ、そう簡単にはいかないよな。
ん? 待て待て。触れたものは狂気に侵されるのに、じゃあアウリエラはなんで――
「何故私は理性を保てているのですか?」
『それはわかりませんが、あなた以外の流星に触れたものは皆成人しているので、おそらくあなたが幼かったことに関係するのではないかと思います。』
「てことは、俺もその流星に触れたってことか?」
『おそらくそうでしょう。念話のパスが開かれたのも、あなた達に同じような力が流れているからかもしれません。これ以上のことを知りたいなら、まず獣神国に行きなさい。私の故郷です。あそこの王とは知り合いなので、便宜を図ってくれるでしょう。すぐ手紙を書きます。少し待っていなさい。』
そういうと母さんは、星術と呼ばれるマナを用いた術で紙と羽ペンを出して、それを空中で操り、手紙をしたため出した。王様、それも種族に一つの神王国の方と知り合いとは、さすが聖獣様だ。
しばらくして、書き終えた手紙に封をして俺達にくれた。
「ありがとう、母さん。」
「感謝します。ウェオルナ様。」
『気にしないでください。子らの選択を支えるのも親の役目ですから。』
『話は終わりです。さぁラキエル、あなたはこっちへ来なさい。』
「お、おう…。アウリエラ、ちょっと行ってくる。」
『アウリエラさんは自由にしてもらって構いません。ここは星術で結界が張られているので安心していいでよ。』
「あのっ。終わったらでいいので、私に稽古をつけていただけませんか?」
『……わかりました。説教の後は稽古をつけさせるつもりだったので、丁度いいですね。少し待っていなさい。』
一時間ほど説教を受けた後、アウリエラが合流し、夕方まで二人で稽古をつけてもらった。アウリエラはマナ操作や支援術について学んでいた。俺はひたすら素振りをしていた。
その夜は森の中で全員で食卓を囲んだ。疲れが吹っ飛ぶくらい楽しかった。その後アウリエラは母さんと寝てしまったので、俺は一人寂しく小屋で寝た。