第五話 決意と旅立ち
「見てほしいもの?」
アウリエラが目を擦り、涙を止める。
俺は頭を後ろに振ると、次に石造りの手すりに思いっきり額をぶつけた。
「何をしているの ⁉ あぁっ、血が。」
アウリエラは焦りながらも、俺の肩を支えてくれる。俺の額からは血が流れている。彼女はハンカチを取り出して止血をしようとするが、俺は左手でそれを阻止した。
「何を。……っ!」
驚くのも無理はない。何せ、額から流れた血が戻り、たちまち傷が消えていくのだ。アウリエラはこれをよく知っている。何度も見た。閉じ込められた部屋の中で何度も自分の体を傷つけ、その度に起きた現象。それは自身の持つ、高すぎる再生能力だ。
「どう…して……?」
戸惑っているようだ。
「俺にもわからない。ただ、俺は星の祝福の日に森に捨てられてたそうだ。この力はそれと何か関係があるかも。母さんなら、何か知ってるかもしれない。」
「そうじゃなくて! どうしてこんなことしたのかって聞いているの! いくら再生すると言ってもしっかり痛みがあるはずよ!」
アウリエラは内心、困惑していた。
彼女自身、何故こんなに感情的になっているのか説明できなかったのだ。今日出会ったばかりの人に対して、情を抱きすぎているとも思った。だけど感覚でわかるのだ。この人は信頼できる。きっと私は、この人に会うために生まれたのだ、と。だから余計に心配なのだ。
「あぁ、そういうことか…。俺はただ、お前に道を示してやろうと思っただけだ。この先もずっと、力を隠すために暗い部屋に閉じこもるのか、自分の能力と向き合っていくのかって。なぁ、お前にもし、覚悟があるなら、どうだ、俺と一緒に探さないか? その力の正体を、意味を。」
瞬間、アウリエラの心臓は跳ねた。こんなにも好奇心を掻き立てられたのは久々だ。これは運命だ。変われるし、変えられる。悩む余地など、ない。
「私、知りたい。この力の全てを! もう何もせずに待つだけの日々は終わり! 決めたわ、ラキエル。私、あなたと一緒に行く。一緒に探してくれるかしら?」
俺は、アウリエラの希望に満ちた、満月のように輝く瞳から目が離せなかった。
「ラキエル?」
ふと、我に返ると、彼女の差し出した手を取り
「あぁ、もちろんさ。」
俺は力強く応えた。
その後、俺たちはその決意を公爵夫妻に伝えた。すると公爵は
「アウリエラ、今まで辛い思いさせてしまった。君の言い分も最もだ。謝って済むものではないが、本当にすまない。だから、君が決めたのなら、これからは自由に、好きなように生きてほしいと思っている。」
「それってつまり…。」
「行ってきなさい。」
「っ! はい‼」
彼女は飛び切りの笑顔で応えた。
「ああ…いつからだろうか、本当に守りたいものを見失ってしまったのは。」
公爵は喜ぶ娘を見ながら、悔しそうな顔をして小さな声で言った。
「そうね。あの子の笑顔を見たのは、いつぶりかしらね。」
夫人の顔には後悔と同時に、嬉しさが少し、見てとれた。
「これからよろしくな、アウリエラ。」
「こちらこそ。よろしく、ラキエル。」
――翌朝。
「もう行ってしまうのかい?」
エルギアさんが寂しそうに尋ねてきた。屋敷の人達と共に見送りに来てくれたのだ。
そこにはもう、最初に感じた怖さはなかった。むしろ、少し優しそうな印象さえある。
「はい。善は急げとも言いますし。あまり長く帰らないと、母が心配するので。」
そういえば、念話するのをすっかり忘れていた。帰ったら怒られるだろうな。
「そうよ、あなた。あまり引き留めてしまっては悪いわぁ。」
サルナさんがエルギアさんを諌める。
「じゃあ行こうか。アウリエラ?」
突然、アウリエラが飛び出し、二人に抱きついた。
「父様、母様、今までありがとう! 愛してる!」
「「っ ‼ 」」
二人は驚きを隠せなかった。自分達のしてきたことを考えれば、そんな言葉が来るはずがない。だが確かに聞きとった。
エルギアさんが今にも泣きそうな表情で抱きしめた。
サルナさんも、涙を必死に堪えながら抱きしめた。
言葉にはできない。自分達にはその資格がない。だからせめてこの気持ちが伝わるように、精一杯の抱擁で返したのだ。
家族の時間がしばらく続いた後
「みんな、いってきます!」
「あぁ、いってらっしゃい。」
笑顔でエルギアさんが手を振る。
「病気に気をつけるのよぅ」
まだ気持ちが収まらないのか、サルナさんの目はまだ潤っていた。
徐々に遠く、見えなくなっていく。
俺達の姿が見えなくなるまで、屋敷の者達全員が同じ気持ちを抱きながら手を振っていた。言葉にはできなくとも、きっと届いている。
「「私達も愛してる。」」
あとから聞いた話だが、エルギアさんとサルナさんは、星の祝福で降ってきた流星を集め、それについての研究を十五年間共同で行ってきたそうだ。
アウリエラを閉じ込めていることを巡って何度も喧嘩をしたらしい。だからといって到底許されることではないが、あの人達は自分なりに思考を巡らせていたようだ。
旅に出ることを伝え、解散した後、二人は、騎士団へ自首すると言って改めてアウリエラに謝罪したが、アウリエラがそれを止めたらしい。彼女が言うには、それでも私を守ろうとしてくれたことに変わりはないのだとか。その代わり、これからはより一層研究に熱を入れ、分かったことがあったら俺たちに伝えてほしいと言ったそうだ。