第四話 少女の過去
ボディラインが艶めかしい銀色のドレスに身を包み、サラサラとした腰まで伸びる銀髪が、動くたびにゆらゆらと揺れ、陽の光によってどこか神秘的に輝いている。扉から出てきたアウリエラが何かを期待するようにこちらを見ている。
「とても似合っているよ。綺麗だ。」
「ふふっ。ありがとっ。」
アウリエラが笑顔で答える。改めて見ると、アウリエラは超がつくほどの美人さんだということがわかる。下を向けなかったとは言え、よくお姫様抱っこなんてできたな、俺。
「ラキエルもよく似合っているわ。」
「勘弁してくれ。こんなしっかりとした服、俺には不釣り合いだ。」
それに重いし、動きずらい。正直言うと、早く脱ぎたい。
「あら、私はいいと思うけど?」
アウリエラが俺の腕に組み付いてきた。俺は彼女のエスコートをしながら歩き出した。
どうしてこうなったかを説明しよう。
怪物との戦闘の事後処理をした後、アウリエラは屋敷の人達にことの顛末を話した。俺は面倒ごとになるのが嫌なのでこっそり帰ろうとしたが、アウリエラがそれを許さなかったのだ。
ちなみに薬草は怪物の攻撃で使い物にならなくなっていた。
夕方になってアウリエラの両親が帰ってきた。色々聞かれたので、まとめて報告するのに食事会はどうか、とアウリエラが提案した。それで半端な格好ではいけないと着替えさせられて今に至る。
目の前の扉がメイド達によって開かれると、俺から見て横に長い部屋に入った。部屋と同じ方に長いテーブルが中央にあり、壁際に数人の侍従達が立っている。
一番右の席にアウリエラの父親と母親が座っている。アウリエラは手前の一番左側の席に座った。
俺がアウリエラの前に座った後、母親が最初に発言した。
「まずは自己紹介をしましょ。私はサルナ・エル・カルバニエ。よろしくねぇ。」
サルナさんはアウリエラより白めの銀髪に少し垂れ目で、第一印象としては温厚な印象だ。
「ほら、あなたぁ。」
サルナさんが旦那様に自己紹介をするよう促す。
「私は、エルギア・ガスト・カルバニエだ。覚えなくて結構。」
話し方に棘のある父親は、細い筋肉という感じで切長の目をしている。アウリエラの目は父親の血の方が少しだけ濃いようだ。第一印象は、怖い、である。
「もうっ。いつまでもいじけてるんじゃありません! 今はお食事の時間ですよ!」
サルナさんが痺れを切らしたようだ。
「むぅ。すまない。」
まだ納得しきれていないようだが、そもそもなんであんなに不機嫌なんだ、と思ったら
「この人ったら、娘の危機に駆けつけられなかった上に、どこの誰ともわからない男がその役をこなしてしまったものだからぁ、とても悔しがっているのよぉ。」
「ちょ、サルナっ。それはっ…。」
なるほど。
サルナさんはきっとマイペースな方なのだろう。怖そうなエルギアさんが遅れをとっている。
それよりも、先程からアウリエラが全く口を開かない。お二方が駆けつけた時も急に黙ってしまっていた。何かあるのだろうか。
「あなたぁ、食事が冷めてしまうわぁ。いただきましょう。」
サルナさんの言う通りだ。腹が減って仕方がない。
「あぁ、そうだな。いただくとしよう。」
エルギアさんはそう言って食事を召し上がった。俺も食べよう。
……うん。うまい。
全員が食べ終わり食器が片されると、メイドや執事達が部屋の外へ出てしまった。
「本題に入ろう。」
公爵が口を開いた。
「まずは経緯と事件の詳細について、話してもらおう。」
「わかりました。まず――」
「――というわけです。」
「ふむ…。銀の怪物か。私もそんな生物は見たことがない。一度調べなければいかんな。……それと、遅くなってしまったが、娘を助けてくれてありがとう。」
「私からも礼を言うわ。ありがとう。」
公爵と公爵夫人が頭を下げた。すると、バンッとテーブルを叩く音がした。右でアウリエラが立っていた。
「ふざけないでよ!」
先程までの印象からは想像できない声が聞こえた。アウリエラは続ける。
「今まで人を閉じ込めておいて、一人にしておいて、なんで今になって親の顔するのよ!」
そう言うと、彼女は出ていってしまった。
「「……。」」
彼女の両親は、何も言わない。
俺はアウリエラを追いかけた。
彼女はバルコニーにいた。
三日月の微かな明かりに照らされて輝く彼女は、とても幻想的で感動した。しかし、同時に酷く哀愁が漂っていた。何故なら、彼女は声を殺して静かに泣いていたからだ。
俺は静かに出ていく。
「……ラキエル。」
「大丈夫か? 酷い顔だぞ。」
アウリエラは涙を拭った。目が腫れている。
「ううん。大丈夫じゃないわ。ねぇ、ちょっと話を聞いてくれる?」
「あぁ。」
彼女は話し始めた。
「今からちょうど十五年前、星の祝福と呼ばれる日。当時一歳だった私は、流星を見たかったのか、部屋を抜け出して庭に出てしまったらしいの。」
星の祝福、母さんから教えてもらった。その夜、天から数えきれないほどの流星が落ちてきたらしい。あまりの美しさに人々は星がもたらした祝福だと讃え、そう名付けたのだとか。
ちなみに、俺はその時母さんに拾われたらしい。
彼女は話を続ける。
「まだ物心着く前でおぼろげな記憶だけど、その時、私の前に一際大きな流星が落ちてきたの。私は、それに触れてしまった。音で起きた父が、駆けつける時に窓からそれを見ていたの。私が星に触れた瞬間、強烈な光が辺りを覆って、気づくと、流星は消えていた。その時からよ。私の体に、異変が起き始めたのは。」
段々と不穏な気配が増していく。
「三歳の頃だったかしら、刺繍をしている母にいたずらをしようとして、針を指に刺してしまったの。母は急いで針を抜いて、持っていた布で傷を覆ってくれたわ。でもね、いつまで経っても血が染み込まなかったの。変に思った母が布を取ると、傷は跡形もなく消えていたわ。」
驚いた。ありえない。
「元々病気とかしたことなくて不思議に思われてたらしいけど、その時のことがきっかけで、私に再生能力があることが分かったの。それで力を知られると私が危険だからって、両親は私を部屋に匿った。それから今日まで、外に出たことはなかったわ。」
「……。」
俺は何も言わなかった。
「わかっているの。両親が私を閉じ込めたのは、私を守るためだって。最初はそれで安心もできた。でも、段々苦しくなっていって、孤独で、怖くて、自殺しようとしたことも何度もあったわ。怪物に殺されそうになった時も正直、死んでもいいと思った。父様や母様の気持ちは知ってる。でもやっぱり、苦しくて、怖くて、それで……あんなこと…。」
彼女の目から涙が溢れる。彼女は、両親の意図と、自分の気持ちの間でずっと苦しんでいたのだろう。俺は彼女の横に立ち、言う。
「見てほしいものがある。」