第三話 その後
「ん、んん……」
しばらくするとお嬢様が目を覚ました。
「やぁ、おはよう。」
「えぇ、おは………。っ!」
彼女は飛び起きて、後退りまでした。顔も真っ赤だ。おそらく今、彼女の頭の中で先ほどのあんなことやこんなことの記憶が再生されているのだろう。
「あ。ゴホン……えぇと、先程はお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。それと助けていただきありがとうございます。私はアウリエラ・アン・カルバニエ。カルバニエ公爵の娘です。」
そう言うと、さすが公爵令嬢、と言うしかないほど美しい礼をしてみせた。
「私の名前はラキエル。姓はございません。こちらこそ、先程アウリエラ様に働いた無礼をお許しく下さい。」
俺は彼女の前に跪いた。
「あ、あの。そんなに畏まらないで。顔をあげてください。あなたは私の恩人よ。無礼なんてそんな……。敬語を使う必要もありません。名前も呼び捨てで結構です。」
「それは流石にいけません。」
公爵令嬢にタメ口はまずい。
「ならば私と友達になるのはどうでしょうか。」
彼女は食い下がる。
「私は屋敷の者以外と話すのは初めてなので、対等に話せる友人が欲しかったのです。いけませんか?」
これはどう言っても無駄なような気がする。
「そこまで言われたら仕方がないですね。アウリエラ様。私たちは今日から友達です。よろしくお願いしますね。」
「対等な、友達同士に敬語は不要だと思いませんか?」
圧力がすごい。さっきまで泣いていたか弱いお嬢様はどこへ行った。
「………わかった。よろしくな。アウリエラさ――」
「アウリエラ、です。」
「あ、アウリエラ。」
諦めた。
「はぁ。俺にも敬語は不要だ。そもそも公爵令嬢が平民に敬語ってのがおかしいんだからな。」
「っ! はいっ、よろしくお願い…じゃなくて、よろしくね!」
彼女はとびきりの笑顔で嬉しさを全面に押し出す。
「じゃあ、まずはここから出ようか。」
「えぇ、そうね。」
「失礼して。」
「きゃっ。」
アウリエラをお姫様抱っこで抱き上げると、彼女は顔を真っ赤に染めながら、少し縮こまるように腕を抱えていた。こうしてると少しかわい…じゃなくてっ、
「腕を俺の首に。捕まってて。」
そう言うとアウリエラは、恥ずかしそうにしながらもそっと俺の首に腕を回した。窓の方へ歩いていると、
「お嬢様! よし、ここから下に降りれる。誰か! ロープか梯子を持ってきてくれー‼ 」
執事と思しき若い人物が扉の上の屋根裏から穴を通してこちらを見ていた。続けて、
「おいっ、そこのお前! お嬢様をどうする気だ!」
これはまずいことになった。どうやら、俺がアウリエラを連れ去ろうとしているように映ったらしい。
「いや、なにか誤か――」
「うるさいぞ! そこを動くなよ! 今行くからな!」
いや、俺が本物の悪党だったらそんな言葉聞かずにさっさと出て行くだろう。だがそうではないので、引き続き誤解を解こうとする。
「だから、誤解だって。」
しかし
「何が誤解だっ、この悪党め!」
すると、メイドがロープを持ってきて屋根裏からロープを下ろした。執事が何か言いながらロープを下ってきたが、応えるだけ無駄だと思ったので諦めて無視し、穴の方へ歩く。
「待て! お嬢様をはなせ!」
執事が近くに落ちてた木の棒で構えをとった。だが無視して歩く。
「…っ! オォォォ!」
叫びながら棒を振り上げ向かってきた。アホか。俺がアウリエラを盾にしたらどうするつもりなんだ。しかし俺はやっぱり悪党ではないので、振り下ろされた木の棒に背を向けるように回避し、くるっと回って執事の背中を軽く蹴る。
「っ! う、うぁぁぁっ!」
避けられ蹴られ、勢いが殺せず穴から落ちる執事。誤解されないようもう一度繰り返すが、俺は悪党じゃない。
落ちた執事を気にしているアウリエラが、こちらを見て何か言いたそうにしている。
「安心しろ。下は生垣だ。」
「え?」
下が見えるところまで歩いた。
「降りるぞ。」
「え、は、はい。」
すると、さっきまでいたところに落ちていた俺の棒が飛んできて足元に止まる。俺がその上に両足を乗せると、ゆっくりと棒は降下した。地面からほんの少し浮いたところで止まり、俺は地面に降りた。
目の前の生垣から足が生えている。
ガサカザ。
「ふはっ!」
生垣から執事が顔を出し、こちらに気づくと葉っぱまみれで拳を構えた。
「ふっ。」
その姿がどうにもおかしかったのか、アウリエラは思わず笑った。
「ふふふっ。」
「っ ‼ お、お嬢…様、笑っ…て……。」
執事が構えを解いた。その瞳が濡れている。先ほどロープを持ってきたメイドも降りてきたらしく、二階から顔を覗かせて、涙ぐんでいた。
「すまない。どうやら本当に誤解だったようです。」
わかってくれたらしい。アウリエラに感謝だな。
「私は執事見習いのバースと言います。あなたがお嬢様を狙った者ではないことは理解しました。しかし、あなたはどういった用事でここへ?」
執事がハンカチで自分の涙を拭うと、今度は疑うようにそう聞いてきた。しかし、執事見習いか。通りで考えが浅いわけだ。
「か、彼は私を助けてくれたのよ。」
俺が答えるより先にアウリエラが答えた。
「助ける? 何からですか?」
「あなたも聞いたでしょう? あの大きな咆哮を。」
「はい。」
執事見習いが答える。
「今はそれだけわかっていればいいわ。細かいことは後にしましょう。あなたは私の無事を皆に伝えて。侍従長の指示に従って事態の収拾を図りなさい。」
「はい!」
良い返事をして執事見習いは走って行った。迅速だ。
「さすが公爵令嬢。」
「あら、ありがとう。それより、私はいつまでこうしてればいいの? 重いでしょう?」
「いや、そんなことはない。それに今は裸足だろう? しばらくこのままで我慢してくれ。」
「ふふ、わかった。」
アウリエラは何故か喜んでいて、心なしか首に回された手に力が入ったような気がする。
「とりあえず、靴と服を取りに行こうか。」
「あら、靴はともかく、なんで服を?」
アウリエラは疑問に思っているようだが、まず自分の格好を見直してほしい。さっきから視線を下に向けられない。
「自分の格好を見てから言ってくれ……。」
「? ……っ!」
ドレスの胸の部分が破けて、色々見えてしまいそうだ。それに気づくと、アウリエラは慌てて首から手を離し、胸元を隠すように腕を抱えた。
「と、とりあえず、行こうか。」
「え、えぇ。」
またもや気まずくなってしまった。
とりあえず、俺は揺れに気をつけながら歩き出した。