第二話 出会い
「はぁ……。」
カーテンを閉め切り、日の光がほとんど差さない部屋の中央で一人の少女が座り込み、ひどく大きなため息をはいた。
「誰か、この部屋から私を救い出してくださる方はいらっしゃらないかしら。」
少女は半ば監禁状態にあった。
「星の祝福と呼ばれるあの日から、今日でちょうど十五年。私はもう十七よ。誰かこの部屋の壁を壊して。私を、連れ出してよ……。ゔうっ……。」
少女は監禁の理由を理解していた。これが自分を守るために行われていると知っていた。だからこそ逃げられず、来るかもわからない英雄に想いを馳せ、突きつけられる現実に絶望し、その度に積もる不安と、寂しさと、孤独による苦しさに毎日涙を流していたのだ。
そして今日もいつものように、突然涙が溢れる。自分を救い出す誰かに焦がれて、外に手を伸ばす。だけれど今日も、誰も来ない。諦めてベッドへ向けて立ち上がった。
すると突然、激しい音と共に壁が崩れた。その風圧に耐えられず、少女は座り込んでしまった。
同時に、言葉を失った。なにせ、ずっと待ち望んでいたことが起きたのだから。日の光があまりに眩しくて、よく見えないが、やっと、やっと来てくれた。
「私の――」
そう言いかけた次の瞬間
「ヴオオオオオッ‼︎‼︎‼︎」
「え…?」
人には出し得ない叫びを聞いた。
光に目が慣れて視界がはっきりとする。
少女は目の前の光景に絶望した。目の前にいるのは、天井に届きそうなくらい大きく、濁った銀のような色をした、人型の、怪物だった。
「お嬢様! っ! きゃあぁぁぁぁぁ!」
扉を開けたメイドは、半壊した部屋と少女の目の前にいる怪物に思わず叫んだ。
「……っあ……」
藁にもすがる思いでメイドに手を伸ばす。メイドも同じく少女に手を伸ばすが次の瞬間、シュンッという音と共にメイドの首が消えた、と思えば今度はメイドの顔が目の前に落ちてきた。
「っ‼︎ はっ…ハァッ……っ」
現実に理解が追いつかず、うまく呼吸ができない。
横を見ると怪物の手から血が垂れている。怪物がメイドの首を落としたのだろうか。あまりに一瞬で目に見えなかった。しかし、それ以外には有り得ない。
激しい絶望が彼女を襲う。
するといきなり扉の上の天井が崩れ、扉を塞いでしまった。怪物がやったのかはわからないが、これで余計な邪魔が入らなくなってしまった。
突然怪物は、右腕を振り上げた。少女は悟った。私はこれで終わるのだと。足掻くだけむだだ。生きていても待っているのは空虚な日々。ここで死ねばそれも終わりだ、と。
少女は目を閉じ、死を受け入れる準備をした。すると、体が何かに押され、横に飛ばされた。しかし壁にぶつかった感触はなく、どこか優しく包まれているような感覚だけがあった。
「あったぁっ!」
すぐ近くで声がした。少女はその声の主を確かめる様に目を開く。すると
「もう大丈夫だ。」
唖然。文字通り空いた口が閉じない。またしても、理解が追いつかない。
何故私はまだ生きているのか。目の前の少年は誰なのか。彼はオレンジ色の目に、少し長めの金髪を後ろでまとめている。
その瞳に見とれていると、突然少女は抱え上げられ、壁際にそっと下ろされた。
「悪いが、ちょっとここで待っててくれ。すぐに終わらせる。」
少年は怪物の前に立つ。手を伸ばし止めようとするが、声が出ない。
「ヴオオオオ!」
怪物は叫ぶと同時に右腕を剣に変化させた。
「なんだこいつ。見たことねぇし、気持ち悪いな。」
そう言うと、少年は腰を落として何やら黒い棒を構え、言葉を発した。
「モード パワー」
すると、その体を淡い光が包んだ。少女はその光になんとも言えない懐かしさを感じた。
「ヴオオァ!」
怪物が右腕を振り上げ、右足を踏み出すと同時に切りかかってきた。
カアアアンッ!
少女は自分の目を疑った。少年は黒い棒で怪物の攻撃を正面から受け止めたのだ。
「なんだ、そんなものか?」
少年は剣を弾き飛ばし、瞬間的に怪物の懐に飛び込んだ。そして……
「吹き飛べ」
少年は静かに、しかし全力で棒を横に薙いだ。すると、パァァンという音と共に怪物は、一瞬で弾け飛んでしまった。
少女が陽の光に照らされた少年を見ていると、少年は少女の方へ振り返り、眼前に膝をついた。
「大丈夫か?」
少女は理解する。絶望は消えたのだ。すると途端に大粒の涙が溢れてくる。それを見た少年はそっと、少女を抱きしめた。
「怖かったな。もう大丈夫だ。」
少年の言葉に安心しながら、声を出してしばらく少女は泣き続けた。
十分ほど泣き続けたあと、少女は眠ってしまった。無理もない。あんな目にあったんだから。
さて、どうしようかな。とりあえず起きるまで待つか。
しかし、あいつは一体なんだったのだろうか。今まで見たことがない。攻撃した時の感触は少し固めで、ゆっくり沈み込むような不思議なものだった。帰ったら母さんに聞いてみるか。
何よりもこの子だ。ドレスが所々破れているものの、不思議なことに敗れたところに傷がないのだ。
これだけの規模の破壊で、当然、瓦礫が多少なりとも飛んでくるはずだ。ドレスが破けているのはそれが原因だろう。しかしその下の肌が一切傷つかないなんてことがありえるだろうか。普通に考えて有り得ない。
それに、ここにくる前に感じた何かはきっとこの子の、妙に俺と似たマナだ。
とても気になるが、まあ、そこら辺は本人が起きた時に聞いてみるとするか。
それまで一応、周囲の警戒に注力しよう。