第十六話 別れ
最終試験の翌日の朝、ここはアウリエラの部屋。
「ん、ん〜〜。」
アウリエラが体をぐっと伸ばしている。
その横から
「おはよう、アウリエラ。今日は絶好の出発日和だな。」
「えぇ、そうねラキエ……ル? っ! な……な…なんで?」
顔が真っ赤だ。
「なんでってそりゃ……」
俺は握られた左手に視線を送る。
「あ…え、ご、ごめんなさいっ。」
焦って手を離してしまった。
「残念。」
「っ! と、とにかく! 着替えるから出て行ってっ。」
「わかった。あ、そうだ。ソラが、朝ご飯くらい食べてけってよ。」
アウリエラが起きる少し前に、ソラが来たのだ。俺達のことをずいぶんと茶化した後、伝言を残して行った。
「わ、わかったわ。」
伝言も伝えたし、良いものが見られたので、俺は大人しく部屋を出た。
バタン
「はぁぁぁぁ。なんでなんでぇ。」
なんで私ラキエルと手を?
「確か昨日、ラキエルの…前、で……。っっっっ!」
きゃぁぁぁぁぁぁ!
声には出さなかった。
けど、私またラキエルの目の前で泣いてしまったのね。…恥ずかしいわっ!
でも……
『胸ならいくらでも貸してやる。俺の前では泣くの、我慢しなくていい。』
「…かっこよかったなぁ……。」
なんだか胸がドキドキする。
「き、気のせいよね! すぅぅぅ、はぁぁぁぁ。よしっ!」
着替えて、出発の準備をしましょう。あ、その前に朝ご飯よね。
着替えてリビングに行くと、いつも通りの空気だったわ。
きっと気を使ってくれているのね。本当、良い人達だわ。
皆んなが席に着いて
「いただきます。」
今日も美味しいわ。
でも、これで最後か……。
そんなことを考えていると、
「ソラ、話がある。」
ラキエルがソラちゃんに話なんて、珍しいわね。何かしら。
「お前と、師匠達さえ良ければ……俺達と一緒に来ないか?」
「「え?」」
思わずソラちゃんと声が重なってしまったわ。
「ちょ、ラキエル何を、っ。」
手で止められた。
「どうだ?」
ソラちゃんにはソラちゃんの人生があるのよ! 私達の危険な旅に巻き込むわけにはいかないわ! って言いたいけど、声が出てこなかった。
私、本当はソラちゃんと……。
「お、お爺ちゃん、お婆ちゃん……。」
ソラちゃんはお師匠様達の考えが気になるみたい。そうよね。大切な家族だもの。
「ソラ、儂らのことは気にせんでいい。お前さんは、お前さんの生きたいように生きなさい。」
「そうだよ。あたし達がソラにたくさん教えてきたのは、そのためなんだからねぇ。」
「で、でも……。」
まだ悩んでいるようね。だけど……
「「ソラはどうしたい?」」
二人の言葉からは、そんな悩みなんて軽く吹き飛んでしまうような、優しさとか愛しさとかの温かい気持ちが、いっぱい溢れていた。
「おじいぢゃん、グスッ…おばあぢゃん。わだし……アウラ達ど、一緒に行ぎたい。」
「ほっほ。」
「ははっ。」
お師匠様達は微笑んだ。まるで、それが一番の幸せであるかのように。そして、優しく、言った。
「「行っておいで。ソラ。」」
「ふぐぅ……。ゔ、うわぁぁぁっっ。お爺ぢぁぁん! お婆ぢぁぁん! ありがどぉぉぉぉ!」
互いに抱きしめ合うお師匠様達とソラちゃん。
なんだかとても、美しい光景ね。
「ぐすっ。」
いけない。涙が。
「なんだアウリエラ、嬉し泣きか?」
「わ、悪い?」
「いや。だが残念なことに、今回は俺じゃないらしい。」
確かにこの程度であなたの胸を借りるつもりはないけど。俺じゃないってどういう……
「アヴラぁぁぁぁっっ!」
「え、ちょっ、ソラちゃん⁉︎」
「これがらも、ぐずん、いっじょだよぉぉぉぉ。」
「……っ。うん……うん! いっしょだよ。」
幸せな空間が広がり、けれど時間は確かに過ぎていった。
涙を拭き、出発の準備をした。
ドサッ
「ふぅ。これで全部かしら?」
「ありがとね、アウラ。私の荷物、運んでもらっちゃって。」
なんだか申し訳なさそうにしているけど、
「いいのよ。私達、友達でしょ? いっぱい頼りなさい。」
「っ。うん。ありがとっ。」
ドシンッ
「これで、全部だ。」
後ろからラキエルが来た。
一番重い荷物を持ってくれたのね。
「ありがとう。」
「おうっ。」
「っ!」
な、なんでかしら。なんで私、顔を逸らしてしまったの?
ラキエルの笑顔に、なんでこんなドキドキしてるの?
「ん? 大丈夫か?」
し、心配してくれてる……。
「え、えぇ。大丈夫よ。それより、もう行きましょう。」
「あぁ。」
「うん。」
ラキエルが私を幌に乗せてくれた後、ソラにも手を差し伸べるけど、ソラちゃんは自分で乗ろうとした。
ほっ。
え、なんで今私……いやそんなことより、
「ソラちゃん、家族にまだ言ってないこと、あるんじゃない?」
「……うん。でも、それ言っちゃったら私……」
全く。何を心配しているのかしら。
「大丈夫よ。あなたはもう、彼女達の横に立ってる。きっと自分で前に進めるわ。」
「アウラ……うん。わかった!」
ソラちゃんは、馬車を飛び降り、見送りに来たお師匠様達のところへ走って行った。
それからいきなり抱きついて……
「お爺ちゃん! お婆ちゃん! ずっと、大好きだよ!」
「「っ!」」
「…儂も…大好きじゃっ。」
「あたしも、ずっと大好きだよ。」
家族全員でもう一度、強く抱きしめ合った。
しばらくして、
「いってきます!」
ソラちゃんの声を合図に馬車が動き出した。
「言ったでしょ。大丈夫だって。」
「うん。ありがとう、アウラ。」
それから、家が見えなくなるまでソラちゃんは、決して振り返らなかった。
あれを見てしまったら、きっと今度こそ、折れてしまうだろうから。
家の前で、声を堪えて、滝のような涙を一生懸命拭っている、だった二人の家族の姿を。