第十二話 ラヴァー
「どうやら、そっちも終わったようね、ラキエル?」
「あぁ。俺自身、正直ここまで強くなれるとは思ってなかった。」
本当に驚いている。
「ふふ。強くなったのは、あなただけではなくてよ? 私の剣術を見て腰抜かさないようにね。」
言ってくれるな。でも、そう言えるほどにアウリエラが上達したのは確かだろう。
食事の時はそうでもないが、稽古の場でスイッチが入っている彼女は、纏う雰囲気が別格だ。
「はは。すでにちょっと驚いてるよ。」
「さぁ、始めるよ!」
桜さんが手を叩きながら大きな声で言う。
「個々の形はある程度完成した。次は二人組での動きを覚えてもらう。まずそのために、二人の心を繋ぐ。」
心を繋ぐ?
「お師匠様、心を繋ぐ、とはどういうことですか? 」
アウリエラも同じのようだ。
「これは見てもらった方が早いかのぉ。」
「はぁ、そうみたいだね。」
俺とアウリエラは互いに見合って首を傾げる。
すると師匠と桜さんが向き合い、両手を繋いでおでこをくっつける。
「はぁ、これは恥ずかしいから嫌いなんだけどね。」
「ほっほ。そうか? 儂は割と好きじゃよ。お前さんと繋がるのは。」
師匠と桜さんの顔がちょっと赤い気がする。
二人の体がほんのり光る。そして体内のマナがゆっくりと師匠から桜さんへ、そして桜さんから師匠へ流れ出した。
「きれい……。」
確かにきれいだ。二人のマナが混ざり合って、段々と変化していく。やがて全てのマナが完全に一種類だけになり、二人の体に溶け込んでいった。
「どうじゃ。これが『ラヴァー』。互いのマナを混ぜ合わせ、思考や感覚、そしてマナを共有するものじゃ。身体能力も大幅に上がるぞい。」
師匠と桜さんを同じ色の光がほんのりと包む。眼は蝋燭の火のようにゆらゆらと揺れるオーラを纏い、瞳に四葉のクローバーのようなマークが浮かんでいる。
「ら、ラヴァー……。すごいわ。」
「あぁ。とんでもない強さを感じる。」
「やり方は今見たはずだ。あんた達、ちょっとやってみな。」
桜さんが唐突に言う。
だが、不思議とできない気はしなかった。
言われた通りに俺達は師匠達の真似をした。向かい合って両手を繋ぎ、額を合わせる。俺は自身のマナをゆっくりと、慎重にアウリエラへと流した。同時に、アウリエラからもマナが流れてきた。俺は流す速さと量を彼女に合わせる。
とても心地が良い。まるでアウリエラに包まれているような感覚だ。
やがて俺達のマナは一つになった。すると不思議と力が湧いてくるが、俺達の心には奢りや全能感はなく、ただただ安心感だけが広がっている。
これがラヴァーか。
『これすごいわね。』
「っ!」
俺は驚いてアウリエラの顔を見た。彼女はニコッとしている。
『刃一郎さんが言ってたでしょ、思考を共有するって。』
まじか。
念話とは違い、まるで俺の中から思考が生まれているような感覚だ。
「ねぇ、今私が何考えてるか、わかる?」
アウリエラが今度は口で聞いてきた。
なんだ? わからない。
「すまん、わから――」
『わからないのね。あ、ごめんなさい。思考が伝わるのって早いのね。なるほど、これ伝える思考を制限できるみたいよ。』
なんだって。急いでやらなければ。だけど方法が――
『一回自分に向けて思考するよう意識しながら何か考えてみて。』
『こ、こんにちはぁ。』
言われた通りに意識する。
『……いいわ。その調子よ。』
「なんとっ。」
なんだか師匠が驚いている。
「まさかあんた達、実はもう、行くとこまで行って――」
「ませんっ!」
桜さんの言葉にアウリエラが顔を赤くする。
「あの、なにかダメなところが?」
俺は師匠達の驚きの原因が気になった。
「逆じゃ、逆。ダメなところなんて一つも見つからん。完璧じゃ。いや、あまりにも完璧すぎる。やはり、お主らの内に眠っとる力が原因かの。」
眠ってる?
「あの! お師匠様達は何か知っているのですか?」
「いや、あたし達ぁ何も知らんよ。ただね、このラヴァーは二人のマナの性質、そして心の距離が近いほど、より強力になるという特徴を持つんだよ。」
そんな特徴があるのか。
「何せ、マナを一つにするんだからね。質は同じ方がまとまりやすいし、道は短い方が混ざりが早いと言うわけさね。」
「質の話はわかりますけど、道が短いとはどう言うことですか?」
「お主らも聞いたことくらいあるじゃろうて。マナとは心、もっと厳密に言うと魂から作られる、とな。」
つまり心の距離が近ければ、作られたマナの移動する道も短くなるということか。
「なるほど……。ありがとうごさいます。てことはやっぱり、流星の力が関係してるのか?」
アウリエラに聞いてみた。
「えぇ、多分そうだと思う。」
彼女は右手を顎に当てて、真剣な表情で悩んでいる。
「まぁ良い。とりあえずもう時間もないようじゃ。今日のところは基礎だけやって帰るとしようかの。」
時間って……。そういえば、師匠達も俺達もラヴァーのマナがさっきより減ってる。
「ラヴァーのマナは強力だけどね、本来別のマナを混ぜ合わせてる分、不安定なのさ。おかげであたし達でも持って二十分しか維持できない上に、それが終わると、残ってるのはラヴァーの間に作られたちょっとのマナだけで、戦闘なんかできやしない。」
つまり、供給されるマナに対して消費するマナが大き過ぎると言うことか。確かにこんなすごい力、代償がないわけないよな。
「と言う訳じゃ。話はここまでにして、早く稽古を始めるぞい。」
俺達はまず基礎を教わった。例えば俺の場合、アウリエラの刀が横にある時は上下に動き、上にある場合は左右に動く。アウリエラも同様に、俺の横に刀がある時は横に切り、上にある時は切り下ろすと言った感じだ。
途中でアウリエラの動きが最初とは別人だったことに気づき、驚きを隠せなかった。そんな俺を見て、彼女はすごく喜んでいた。
形も確認しながら説明を受け、それが一通り終わったところでラヴァーが切れた。
本当に体がだるくなった。体に鉛でも詰まってるのかってくらいだった。それも徐々に回復し、夕方になるとすっかりマナが戻って動けるようになったので、帰って夕飯にして、風呂に入って寝た。
それからはラヴァーを使って、ひたすら二人で形を合わせる日々が一週間ほど続いた。
おかげで大分形になってきたようだ。
あと、ラヴァーを使わなくても、なんとなくアウリエラの動きがわかるようになってきた。
その日の夕食の途中では、なんとソラさんが明日から稽古に参加すると言う話になった。
そして意外、ではないがそれを一番喜んでいたのはアウリエラだった。
彼女はソラとはすっかり仲良しらしい。互いをアウラ、ソラちゃんと呼び合っているほどだ。
夕飯と風呂を終えてベッドに入り、明日はどんな稽古をするのだろうかと、そんなことを考えていると、気づいたら寝ていた。