第九話 弟子入り
カレーを食べ終わり、片付けも終わると急に刃一郎さんが尋ねてきた。
「さて、アウリエラ殿、ラキエル殿、話がある。」
「聞きましょう。」
アウリエラが速攻で真剣な表情になる。
「お主ら、儂らから剣を教わらないか?」
「「え。」」
急な提案が飛んできた。
「け、剣ですか?」
俺はびっくりして聞き返す。
「こう見えて儂ら結構強いんじゃ。けどのぅ、後継者がおらんでのう。」
「ソラさんではいけないのですか。」
アウリエラの疑問は当然だ。
「試みたことはあるけどダメだったよ。あの子は心も体もあたし達の剣術には合ってないんだ。代わりに別のを教えたけどね。それよりどうだい。習う気は、あるのかい?」
桜さんの言葉に疑問を覚えつつ、俺はこれまでのことを思い出していた。
アウリエラと出会った時、妖は彼女だけを狙っているように感じた。
ゼルギアと出会った時もあいつは、俺達を観察しにきたと言っていた。
この時点ですでに俺達は妖に狙われていると考えていいだろう。理由はわからんが……。
それと、ゼルギアみたいなやつが一体だけとは限らない。もし他にもいれば、手下の妖の数はもっと多くなる。
妖は、一体ならば簡単に倒せるが、そこに一体追加されただけでかなり手こずってしまった。ゼルギアに至っては勝てる気さえしなかった。
俺達の旅の目的を果たすなら、できるだけ強くなっておいた方がいい。
「そりゃむしろこっちからお願いしたいくらいです。よろしくお願いします。」
「あの、ラキエルはわかりますが、こんな線の細い女に何故?」
それもそうだ。アウリエラは近接というより、星術での遠距離攻撃とか支援の方が得意なタイプだと思う。
「その通りだ。だからあんたには最低限の身体能力をつけるとこからやってもらう。どうだい。嫌になったかい?」
「いえ、やります! やらせてください!」
「うむ、その意気や良し。早速やるとしよう。」
俺達は、反りのある剣を持った刃一郎さんと、その剣を背丈ほどの長さまで伸ばしたような剣を持った桜さんと一緒に、外へ出た。すると刃一郎さんが前、桜さんがその後ろに立ち、足を開いて腰を落とした。刃一郎さんは剣をそっと握り、桜さんは、もはや曲芸とも思えるような動きで剣を抜いた。
サァァァァ
風が吹いて、一枚、葉っぱが落ちてきた。すると……。
「「シュッ」」
一瞬だった。おそらく、刃一郎さんは剣を抜いて普通に葉っぱを切ったのだろう。しかし、ほとんど見えなかった。
彼は背を低くして瞬きにも満たないほどの一瞬で剣を縦に抜いた。
後ろまで振り切り、桜さんに当たると思ったら、彼女はそれを左に躱し、右足を踏み込むと同時に刃一郎さんの上を剣で横に薙いだ。
静かさが空間を包む。
シャァァァ……キンッ
音が一つ響き渡る。だが二つの剣が鞘にゆっくりと収められた。
「「……。」」
四枚に別れた葉が地面に落ちる。
俺もアウリエラも言葉が出なかった。まさかここまでとは。
「す、すごいなんてものじゃないわね。」
「あぁ。」
心臓が高鳴る。この修行が終わった時、一体自分はどこまで強くなっているのだろうか。ワクワクが止まらない。
「二心一流。二人で一つの技を完成させる流派じゃ。この流派の肝は、二人での動きにしっかりとした型があることでのぅ。驚いているとこ悪いんじゃが、その中のたった一つに過ぎんのでな。これくらいで驚いてると、切りがないぞい。」
これでまだたったの一パーセントだと。この先にどんな技があるのか、俺には想像できなかった。
「さて、どっちがどっちにつく?」
刃一郎さんが俺達に言った。
「私、桜さんの剣を習いたいです。」
「へぇ、何故だい?」
桜さんが問う。
「桜さんの剣術は、何だか舞ってるみたいで、とても、綺麗でしたので。……こんな理由ではダメでしょうか。」
「いやいい。坊やは?」
桜さんが続けて俺に問う。
「俺は刃一郎さんに教わりたいです。桜さんの剣術よりも力を入れて振っている気がしたので。」
「確かに、そうじゃのう。では、さっそく行こうか。ラキエル。」
「はい、よろしくお願いします! 師匠。」
「じゃあ、あたしらも行くとするか。」
「よ、よろしくお願いしますわ。」
俺達は二手に別れた。これから修行場所に行くのだと言う。
その道中、師匠が質問をしてきた。
「儂を選んだ本当の理由はなんじゃ?」
「あはは。バレてましたか。……実は俺、アウリエラを守りたいんです。さっき剣術を見た時、桜さんの剣は隙が大きいように感じました。もし彼女が桜さんの方を選んだら、その隙を埋めるように戦いたいと思ったんです。」
臭いセリフだが、不思議と恥ずかしさは感じなかった。
「ほっほっ。なるほど。」
そんなことを話している間に川の流れが聞こえてきて、師匠が止まるどうやら着いたようだ。辺りを見回すと、近くに小さな倉庫小屋が一つあり、木々に大小様々な丸太がロープで吊るされている。
「ちょいと待っておれ。」
そう言うと師匠は、小屋から金属製の、持ち手が縦に固定されたバケツを取り出す。その後川の水をそれに入れて持ってきた。
「ほれ。」
「え、は、はい……。」
師匠から水入りのバケツをもらったが、何が何だかわからない。
「これは?」
「今からバケツの水をこぼさずに、丸太に当てる修行をしてもらう。」
え、バケツで、丸太を?
「安心せい。バケツには防護術がかけてあるから丸太に当たっても平気じゃ。」
いや、そう言うことじゃない。
「やり方がわからんか? どれ、手本を見せてやろう。」
そう言って師匠は俺からバケツを受け取ると、丸太が向く先に立った。
「ラキエル! そこのロープを思い切り引っ張っとくれ!」
俺は近くの木から垂れ下がるロープを見つけると、師匠の言葉に従って思い切り引っ張った。すると、丸太がランダムに振られ、師匠の方に向かっていく。
師匠は動かない。それに師匠の周りだけマナが濃いような……。
後ろから一本目の丸太が、師匠の背中に迫った。
カアンッ
突然、師匠がバケツを丸太に当てた。丸太が打ち上げられる。てか、後ろに目でもついてるんか。
次々と師匠は丸太を弾いていく。ただし、その動きは止まることがなく、途中で返ったりもしない。まるで一筆書きでもするかのように動いている。
しばらくして、丸太弾きをやめ、師匠がこちらへ歩いてきた。
「やってみるのじゃ。」
「いや無理でしょ!」