第零話 星の祝福
ドオッン‼︎
心臓に直接響くような音が響いた。空気は重く、殺気に満ち満ちている。周りには友の死体が転がっているが、我が神のおかげで、自分は辛うじて生きている。ここは天界。世界を創りし神々が住まう場所。ここは神と、神に認められた者、そして神の唯一の部下である我々天使しか、踏み入ることは許されない、そのはずだった。
――数刻前、私は友と二人でいつものように天界の見回りをしていた。平和だなんだと、何気ない会話をしながら終わるはずだった。
突然、天界への入り口である天門の方で
ドゴオン‼︎
爆音が響いた。急いで向かうと。門番をしていた天使が二人、腹に人の頭一つ分くらいの穴を開け、死んでいた。やったのはおそらく、あいつだろう。黒いローブを羽織り深くフードを被っている。
「一体あいつは何――むぐっ。」
突然、顔を何かに掴まれたと思ったら今度はものすごい勢いで地面に叩きつけられる。
「ゴハッッ」
口の中に鉄の味が染み渡る。何が起こったかわからない。さっきまで私は空中にいて、地面にいるあいつを見下ろしていた。だが今はどうだ。私は地面で痛みに悶え、あいつは空中に浮いたまま、辺りを見回して何かを探している。屈辱だ。だが、隣に死んだ友を見て悟った。私ではあいつに勝てない。友の仇さえ取ることができない。悔しさで先に死にそうだ。考えている間に次々と仲間がやってきた。雄叫びをあげながら勇敢に向かっていく。しかしついに誰もあいつに、一撃すら入れられず死んでいった。すると
「これは一体、どういうことだ。」
希望の声が聞こえた。声の主は我らが主、我が神だ。
「あ…ガハッ……我が、神よ…。」
「っ! 大丈夫か、しっかりしろ。」
我が神が駆け寄ってきて、回復をしてくれた。すごい勢いで回復していくが、しかし、抉られた心まで治すことはできないようだ。
「我が神よ。私は、わたしは…友を、助けられないばかりか、仇さえっ…。」
口に出すと、より一層悔しさが増して目に涙が滲む。
「安心しろ。私が君の、いや私達の友の仇を取る。だから今は休め。」
「ですが、我が神よ! あなた様はもう……っ」
我が神が人差し指を立てる。
「っ! …よろしく、お願いします…。」
なんと心の優しい方だ。ずっとそうだった。天使の中でも下っ端の私たちのことを友と呼んでくださる。子を成され、力を譲渡して弱体化した今も、我々のために闘おうとして下さる。だからこそ心苦しい。そんな優しき心を待つ我が神のお顔を、あんなにも歪めてしまった、我々の弱さが。
あいつが降りてきた。
「あら、もう茶番は終わり?」
女の声だ。余裕のある調子で喋っている。
「茶番…だと?」
いつもの我が神の声ではない。低く、激しい怒りを感じる声だ。
「えぇ。だってそうでしょ? 今助けたところで、あなたを殺した後にどうせすぐ死ぬんだもの。」
「死なせはしない。お前は俺が倒す!」
我が神の右手に黒い槍が出現する。神槍グングニール。敵の心の臓を貫くことに特化した我が神の愛槍。
「あらやだ、こわぁい。あなた、私が何者か聞かなくてよろしいの?」
言葉とは裏腹に全く恐怖を感じていないように聞こえる。
「どうせすぐ死ぬのだ。意味無かろう。」
「それもそうね。」
女の右手に剣が現れる。黒い炎で燃えている。なんと禍々しい。
我が神は空中へ飛んだ。きっと私を案じてのことだろう。女も追いかけるように浮遊した。
両者構えを取り、一瞬の静寂の後、消えた。直後
ドオオッン‼︎
轟音と共に衝撃波が襲ってきた。私は動けず、五十メートル吹き飛ばされ草むらに突っ込んだ。運良く隠れることができた。これで我が神の邪魔にはなるまい。今は見守ろう。我が神の戦いを――。
あれから何分たっただろうか。今なお戦闘は続いている。私は一体、何を見ているのだ。神だぞ。弱っているとは言え、この世で最も力のある存在だぞ。なのに何故、一向に戦闘が終わらないのだ。あの女の力は、神と並べる程のものなのか。何故、どうやって。思考がうまく巡らない。すると、
ドガアアンッ!
どちらかが地面に叩きつけられる。女か、まさか我が神か。
あぁ、現実とは、運命とはかくも残酷なものなのか。今地面に横たわっているのは、女ではなく、我が神だった。何か会話をしているがここからでは聞こえない。女が何やら叫んでいる。
剣を振りかぶった。よせ、やめろ。やめてくれ。女は剣を振り下ろした。途端に我が神は、動きを止めてしまった。すると突然、我が神の城の奥で、青く輝く光の柱が一本立った。
「あれは……。」
天門とは別の、眷属達の住む星界と天界を結ぶ転移陣が起動したのだ。
女が光の方へ向かおうとした時、死んだはずの我が神が起き上がり、女を掴まえる。ここまで聞こえる程の大声で女は喚き、暴れていた。終いには剣で自分ごと我が神を突き刺したのだ。それでも我が神は離れない。すると突然、
ゴーン
空に、天界全体に蓋をするかのように、大きな時計の文字盤と秒針が一つ現れた。すると女が突然、剣を振り上げた。
「まさかっ!」
我が神のおかげで動けるようになった。女は剣を投げ、転移陣を破壊するつもりだろう。そんなことはさせない。
残る力全てを使い、背中の羽に力を入れ、羽ばたく。
同時に女が剣を投擲する。
「オオオオオッ‼︎‼︎」
剣に追いついた。そこでもう一回、力一杯羽ばたく。
追い――
「抜いたっ!」
すると、城の奥に一人の女性と、籠に入れられた赤ん坊を見つけた。
「ジョナ様っっ‼︎‼︎‼︎」
「っ!」
声に気付き、急いで手を動かす。座標の設定が済んで、籠を転移陣の中に入れようとした。その瞬間、剣が加速した。これでは間に合わないっ。
「この子をっ‼︎」
ジョナ様が叫び、赤ん坊を守るように背中を向けた。判断は一瞬。空中に出したシールドを蹴り横に飛ぶ。間一髪。剣が腹に刺さった。そしてありったけの力で目の前にシールドを張り続ける。そして――
ドオンッ!
「さすが、ジョナ様。グフッ。」
「えぇ、うっ…ありが、とう。」
二人の腹を剣が貫き、あらかじめ籠に張っておいた結界がそれを止めた。
安心したかのように思えた。しかし剣の先から結界へ黒い炎が燃え移った。
「あぁ、そんなっ! だめ、だめよ!」
黒い炎が籠を包む。そして、結界が割れた、その刹那、黒い炎が籠に燃え移る前に、転移陣が発動し、青い光が消えた。
「良かった。」
ゴーン
天井の時計の針が一周したようだ。これで、大規模な自爆術が発動する。天界全体を強烈な光が包んだ。
「さよなら。私達の…愛しい子。」
その日の夜、星界の空に無数の流星が降り注いだ。眷属達はこれを、星の祝福、と呼んだ。