第1章 7
「くっ……」
しまった。思わず声が出てしまった。ついさっきまで普通の子供だと思っていたのに、この子は一体何者? いや、一体何?
紙を要求してきたからてっきり絵を描くつもりなのかと思ってペンを持ってきたけど書いたのは絵ではなく、文字。それも簡単な単語の羅列とかじゃなくて、はっきりとした文章。3歳程度じゃ絶対に書けないきちんとした要求を書いた文章だった。
その紙と書いた本人を繰り返し見ていたら急に笑い出して何処か恐怖を感じてしまった。何か得体の知れないものが目の前にある。そんな錯覚をしてしまったから声が出たんだ。
……自分も大概だと思ったけど、なるほど。こう言う感覚ね。ようやく理解できたわ。
さてさて、この子の要求にそのまま答えるのも有りだけど、この子も少しこっちの事情に踏み込んだみたいだし、こっちもちょっと踏み込んでみようかしら?
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「ふふ……まぁいいわ。あなたの質問に答えましょう。ただし、質問を1つ答える代わりにこっちからも質問するから、そのつもりでね?」
よしよし。まぁベストな結果になったんじゃない? 先にこっちが質問っていう要求を出したんだし、相手からも質問の対価で等価交換。どんな質問が来るかはわからんが、最悪の場合は嘘つけばいいしな。何が真実か相手にはわからないわけだし。
ま、なんとかなるだろ。
「それじゃあ一つ目。『シスター達の髪が銀髪に見えることは何か変なことなのか』ね。『はい』か『いいえ』で答えるなら答えは『はい』よ。これ以上の話は次の質問の話にもなるからまた後で話すわ。で、次はこっちの質問。そうね……最初は簡単な質問から。あなたは誰?」
確かに簡単な質問。ただ答えは口頭じゃなくて書いた方がいいんだろう。多分そっちが目当てなんじゃない? 知らないけど。
まぁ答えは単純に『トール』でいいとは思うが、念の為に誰の子供かっていうのも一応書いた方がいいかな? だから――
『トール。父親がトーラス、母親がルーシア』
って書いた。両親が誰かって言うのを後に付け加えておいた。それを見せると――
「……ずいぶん大人びてるのね? お父さんのことを父親、お母さんのことを母親なんて、少なくともそう教えない限りはそんな言い方しないわ。ほんと、おもしろいわ」
って返された。……なんか気に入られてね? 気のせい? ……気のせいってことにしとこう。じゃないとこっちのペースが乱される。気をしっかり持たねば。
「さて、楽しんでないでさっさと次に行かないと、母親が帰ってくるわね? じゃあ次の質問『他の人にはどう見えているのか』よね。まぁさっきの話のちょっとした続きみたいなものなのだけれど、あなたのようにシスターの髪の色が全員同じ色に見える人がいないわけじゃないわ。中にはあなたのように同じ色に見えるからって相談に来る人がたまにいるのよ。相談には来なかったけど、あなたのお母さんも、あなたと同じでシスターの髪が全員同じ色に見えているわ」
……そうだったのか。だから、あんなに驚いていたのか。ってことは同じ色に見えるのは血筋だからってことなのか?
「だからと言って、これはあなたとお母さんが血で繋がってるからってわけじゃないの」
違うみたいです。なんだよ、変な期待しちゃったじゃん。で、答えは?
「さっき言った『あなたと同じように見える人』には、ちょっとした共通点があるんだけど、本来ならあなたにはそれが当てはまってないの。ってちょっと難しいかしら?」
……共通点ねぇ。俺と母さんが共通してる。でも、血筋によるものじゃない。うーん、なんだろ。よくわからんな。でも話の内容は普通に理解できる。だから『大丈夫』って書いて見せた。
「……そう。賢いのね? で、続きだけど、あなた以外の人に共通してるのが、この世界の人じゃないってことなの。……驚かないのね、面白くない」
いや、驚いてるけどね? 顔にあまり出せないだけで。
閑話休題。えっ、この世界って普通に異世界人とかいるの? 異世界転生か異世界転移してヒャッハーとか、俺TUEEEEEEEとかしてるってこと? ……前者は世紀末になってそうだからなしで。でも、街の雰囲気からしてそんな感じしないけどなぁ。うーん?
「まぁ、この話の続きはまた後でもできるからその時にね。本来の答えから少しズレるから。それで、普通の人にはシスターたちがどう見えてるかというと、例えば、あなたやご両親がお世話になっているシスターアリアは黄色、あなたが言うには金髪だったかしら? とにかく、そのように見えるのよ。他にも赤色の子もいれば、緑、空の色の子もいるわ。もちろん、同じ色の子もいる。けど、あくまで同じ色の子は精々2、3人ってところね。回答はこれで合ってるかしら?」
『合ってる』と書いて見せた。なるほど? まぁさっきの話の続きが正直気になるが、話してもらえるってことだから今は置いておこう。
つまり、アリアさんも含めた全シスターが本来ならそれぞれ異なる色に見えると。ほうほう。だから俺みたいにジロジロ見てる人がいなかったのか。ちょっと色が異なってるのを見たかったかも。
「あぁ、言ってなかったけど、これは別にあなたの目がおかしいってわけじゃないから安心して。さっき確認したけど、私の髪の色が金髪……だったわね? 念の為もう一度確認しておくけど、今度はカーペットの色、今座ってる椅子の色、それからこのカップの色、それぞれ何色か答えて。これは質問……のつもりはなかったけど、質問ってことでいいわ」
ふむ、質問の権利を消費してまで確認したいのね。まぁこっちとしては、気が楽で助かるが。
とりあえず、それぞれの色を書いて見せる。
「カーペットが赤、椅子が茶色、そしてカップが白、でいいのね?」
問題ないので頷く。
「うん、問題ないわね。念の為確認したのは、色の識別ができてない人が稀にいてね。そういう人が私たちに相談しに訪れるのよ。かといって私たちにできるのは相談に乗ることぐらいで、解決する手段はないのだけど」
そうね。ぶっちゃけ俺自身もわからん。相談に乗れるかどうかさえ怪しい。たまにSNSで色覚異常の人が特殊な加工をしたメガネをつけて感動するっていう動画や記事を見かけるが、どんな加工してるのかは一切知らん。おそらく、屈折率とか遮光とかそんな感じなんだろうけど。
「まぁ、愚痴を言っても仕方がないわね。さて、3つ目の質問は私についてね。とはいえ、正直言えることは数少なくてね。それ以上知ってしまうと最悪死ぬことになるけど、それでも?」
いや、怖すぎだろ。死んでまで聞きたくないわ。だからとりあえず『答えられる範囲で大丈夫です』って書いて見せた。
「そう。賢明ね。それに……いえ、なんでもないわ。答えられる範囲なら……そうね。改めて、私の名前はアリサで、教会の中じゃ、ちょっと偉い立場の人ね。年齢は内緒。女性に気軽に聞いちゃダメよ? 後は……何があるかしら。あぁ、そうだ。もし、あなたが魔力の量と強度を計って、特に問題がなさそうなら、私が使い方を教えてあげるわ。お母さんに教えてもらうのもいいけど、ここならより多くのことを学べるわ。まぁどちらにするかは、あなたが考えなさい。少なくとも、どちらでもちゃんと学ぶことはできると思うわ。」
いや、もう決めた。ここで勉強する。それに、なんか疑問が生まれた時に気軽に聞けそうだし。
「さて、質問に答えたことだしこっちも3つ目……と行きたいところだけど、そうね……。こちらの質問になんでも素直に答えてくれるならいいんだけど、あなたはそれほど馬鹿じゃないでしょう?」
ええ、もちろん。そんな馬鹿正直じゃ有りませんとも。そう言う意味を込めて頷く。
「そうよね。あっ今のは質問じゃないからね!」
『大丈夫です』と書いて見せた。
いや、これが質問判定なら心狭すぎだろ。
「ふぅ……。あなたが心の広い人間でよかったわ。でもそうね……。あっ、そうだ。ちょっと髪とペン渡してくる?」
問題ないので渡した。すると、アリサさんは受け取ったと同時に何かを書き始めた。なんだろ。
「……よし書けた。それじゃあ質問。これ、読める?」
ふむ、問題なく読める。『燃え盛る火、清浄なる水、吹き荒ぶ風、堅牢たる大地、煌々たる光、深淵なる闇』の6つ。……呪文っぽいな。あとすっごい痛い。主に心が。黒歴史が掘り返された感じ。心が痛いことを除けば何の問題もない。えぇ、問題ありませんとも。
「……問題なさそうね。それじゃあ次の質問行きましょう。……あなたのお母さん長いわね? アリアが気を利かせすぎてるのかしら? まぁいいわ。それで4つ目は……『この街にある、『巨大な扉』』……扉? あぁ、門のことか。この教会からでも普通に見えるあのでっかい扉。あれのことよね?」
……あれ門だったのか。柱がない、扉が二つとその枠だけのクッソでかい扉。外出た時に一番に気になったやつ。あれ作った人すごいな。しかも開いてるのに開いた先はただの壁。現代アートかな?
とりあえず、そうだと頷く。
「そうね。あれだと確かに門に見えないかも。扉にしては流石にデカすぎるけどね。まぁそんなことより。さっきの話を覚えてるかしら? あなたと同じでシスターの髪が同じ色に見える人がこの世界の人じゃないって話」
なるほど、この話に戻ってくるわけね。もちろん覚えてる。正直続きがめちゃくちゃ知りたかった。
「それで、さっきの話とどう繋がってるのかって言うと、その『この世界の人じゃない人』、言うなれば『異なる世界の人』ね。その人たちはあの門の向こうから来てるのよ」
……What?